竹内銃一郎のキノG語録

兵法のはやきという所、実(まこと)の道にあらず2015.09.16

昨日のNHK「プロフェッショナル」で、サイバー攻撃を撃退する仕事人が紹介される。その道の第一人者らしい。このところ政府筋への攻撃が凄まじいことになっているらしく、その対応に追われる彼は、番組中しきりに、「この国はもうダメかもしれない」と呟いていた。こりゃ大変だと思いつつ、一方で、それはどこか遠い国の出来事のようで、どうにも実感が伴わない。

一か月ほど前からか、PC画面上に繰り返し「今ならウィンドウズ10に無償でヴァージョンアップが出来まっせ」という表示がなされていて、ずっと放っておいたが、今朝、そこまで言うのならとそれに応える。一抹の不安があった。これは罠ではないか、こっそり「黒衣の刺客」に侵入されはしないか、と。いまのところなんの問題も生じていないようだが、画面が一新されて使いにくく、ヴァージョンアップでなにがどう利便化されたのはよく分からない。ほんとに大丈夫?

昨日、その「黒衣の刺客」を見に行く。ホー・シャオ・シェンの久しぶりの新作。ホー・シャオ・シェンは80年代から90年代にかけて次々と作品を発表し、世界的な評価を得ていた台湾の映画監督で、年齢はわたしと同じ。何本か見ているが、身を乗り出すほどのこともなく。日本で撮った、小津に捧げる21世紀の「東京物語」という触れ込みの、「珈琲時光」(2004年公開)が死ぬほど退屈で、それ以後はずっとご無沙汰していた。でも、今回は珍しくアクション映画で、どんなものかと興味津々、かなりの期待感をもって三条の映画館まで出かけたのだったが。うーん。やっぱり死ぬほど退屈で、何度もうつらうつらしてしまった。ネットにあった彼へのこの映画に関するインタヴューの中で、日本の昔の時代劇を参考にしたなんて語っていたが、ほんとかね? 内田吐夢の「宮本武蔵」や「大菩薩峠」等、見たのかな? 見てたらこんな眠いモノにはならないと思うけど。

京阪の三条駅の上にブックオフがあり、三条に行った際には必ず寄ることにしているのだが、昨日も立ち寄って、前田英樹の「宮本武蔵 剣と思想」(ちくま文庫)と、月形哲之介監修の「月形龍之介」(ワイズ出版)を購入。前者はいつもながらの前田節がさく裂。「私には司馬(遼太郎)の(「真説宮本武蔵」)の言葉のなかで、どうにも許しがたく思えるところがある。それは、「しょせん、兵法は、太刀行きの早さできまる」云々のくだりです。まず、こういう言葉は、司馬という作家がいかに「五輪書」を読んでいないかを如実に示している」と一刀両断。次に、司馬が書いていることとはまったく逆のことが書かれている「五輪書」の一部を引用し(今回のタイトルがそのまた一部)、以下はその説明。

自分が速く振ろうとすれば、相手はもっと速く振ろうとする。今日はたまたま相手より速かったが、明日はどうかわからない。それが不安だから、いよいよ素早く動ける訓練をあれこれする。(中略)でも、そんな訓練の行く末は、どうせ知れている。少し年をとれば、振りが鈍る。体を傷める。それが、スポーツの試合程度のことなら、あいつも年で引退か、で済みますが、刀槍を取っての生き死にが百年以上も日常茶飯であったような時代では、そうはいかない。(中略)これを何とかしたい。遅い速いのたわいない偶然で人が生き死にする。この相対性の泥沼から我が身を画するすべをつかみたい。戦国期の打刀によるあの日本独特の刀法が、このことを求め抜いた武士たちの激しい希いからついに生まれてきたものであることは、疑いを容れません。

 

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