竹内銃一郎のキノG語録

吉本版「かもめ」のキャスティング2014.06.30

四月から自宅で戯曲講座を開いている。と言っても、目下のところ神戸からやってくる西さんひとりだが。
隔週で一回3時間。チェーホフの「三人姉妹」をテキストにして数回講義をし、前回前々回は、去年だか一昨年だかに上演された三谷幸喜演出の「桜の園」のDVDを見て、原作とどこがどう違うのか感想を言ってもらって、わたしがそれに応える形で進めた。
三谷版「桜の園」については以前にも触れたことがあり、その時に、詳細については改めて論じたいとしていた。
しかし。改めて見てみると、論じるべきことがなにもないことに気づかされた。あまりにお粗末で、そのお粗末さをいちいち採りあげて論じたところで、少なくともわたしにとってはなにも意味がないことに気づいたのだ。
学芸会並と言ってよく、俳優達はいたづらに右往左往するだけで、それは彼等の技量の足りなさもあるのだが、結局、演出家からの明解な指示がないからそうなってしまったので、なぜ明解な指示がなかったのかと言えば、三谷氏が戯曲をよく読み解けなかったからだろう。そうとしか思えない。
最近は芝居といえば、吉本新喜劇しか見ていない。TV放映される土曜のお昼は競馬中継を見ているので、あとで録画しておいたものを見る。
まあまあ毎回似たようなものなのだが、5回に1回くらい、かなり上等な出来上がりのものがある。ホンがよく書けていて感心する。
意外に思われるかも知れないが、俳優たちがちゃんと芝居をする。そこがいい。ギャグと称される悪ふざけはふんだんにあるのだが、ここという時は、ちゃんと芝居をするのだ。
先の「桜の園」には、元吉本新喜劇の藤井隆がペーチャ役で出演しているのだが、これがまあひどいもので、なにがひどいかというと、例えば、自分の台詞がないときに、間がもたないからだろう、ドーデモイイことを後ろでごそごそやっていたり、相手の台詞にいちいち相槌をうったり、高校生や大学生等素人さんたちがやるようなことをやるのだ。
吉本の俳優たちは、若いひとからベテランまで、一切その手のことはしない。例えば、前でふたりがそれなりにシリアスなやりとりをしている時、後ろに控えている俳優たちは、ただただそのやり取りを見て聞いているだけ、無防備に突っ立ってるだけで、恐ろしいほどなにもしない。進行している芝居の邪魔をしない。こんなことは当たり前のことだが、彼等のように舞台で無防備にいるのはとても勇気がいるのだ。だからこそ、それがわたしにはとても潔く、清清しく感じられるのだ。
ドーシタ、藤井隆! どこでそんな愚劣な芝居を覚えた? 吉本の教えを忘れたか。
てなことで。吉本で「桜の園」をやったらどうなるか、戯れにキャスティングをしてみた。
ラネーフスカヤ:冨司純子
吉本は人材豊富なのだが、女性陣、とりわけ40台以上になるとちょっと手薄で、この役のように品があって、天然で、やっぱり美人というと、適うひとがいないのだ。そこで、冨司純子さんに客演をお願いした。
アーニャ:井上安世
ラネーフスカヤの娘。戯曲には17歳とある。明るく前向きだが、世間知らずの母親の保護者的立場でもある。
井上さんは可愛いし、なにより声がいい。でも、吉本の芝居ではこういうひとの出番がなく可哀そう。頑張ってもらおう。
ワーリャ:高橋靖子
ラネーフスカヤの養女。ラネーフスカヤがいない間、家の切り盛りをしているしっかり者。周囲はロパーヒンとの結婚をすすめ、当人もその気はあるのだが、しかし、それを口に出せない。
高橋さんにぴったりではないか。このひと、きれいで、年齢の割りにうぶに見える。そこがいい。
ガーエフ:烏川耕一
ラネーフスカヤの兄。仕事もせずぶらぶらしている。いまだにおむつがとれないような無能の男。
烏川も適役。ガーエフはときどき、ほとんで意味なく、「黄色をポケットに」などと玉突きの用語を入れる。読む分には面白いのだがやると難しく、三谷版では全部カットしていた。烏川なら出来るはずだ。
ロパーヒン:辻本茂雄
子供の頃からラネーフスカヤに憧れ、いまはやり手の実業家になっていて、借金に苦しむラネーフスカヤにあれこれアドバイスをするのだが受け入れられず、結局、売りに出された桜の園を自分が競り落とす。その結果報告をする3幕の彼の長台詞。ぼけて突っ込んで、辻本なら完璧にやってのけるだろう。
ペーチャ:内場勝則
かってアーニャの家庭教師をしていた万年大学生。万年とはいえ、大学生役は内場にはしんどいと思われるかもしれないが、ロパーヒンとは立場は違えどあい通じるものがあるという設定になっているから、辻本との釣り合いを考えれば彼でいい。とにかく芝居が上手いし、どこか蔭があるところも役にあっている。
ピーシチク:川畑泰志
ちょっちゅうラネーフスカヤに金を借りにくる男。出番は少なく、座長には役不足と思われるかもしれないが、こういう役にそれなりの俳優をあてると芝居がしまるのだ。川畑の明るさがぴったり。
シャルロッタ:島田珠代
現在のアーニャの家庭教師。両親を亡くして、自分の年齢も知らず、手品を得意とし、きゅうりを丸齧りするという変な女。
このひともちゃんと芝居をする。壁に体当たりしたり、男の股間に触ったり、そんな奇矯な芝居を躊躇いもせず、文字通りの体当たりで演じる。でも、地の彼女はこういうことをするひととは真逆のひとではないか。暗さがほの見えて、適役。
エピホードフ:清水けんじ
ラネーフスカヤの家の執事。ドジを重ねるところから「二十二の不幸せ」とからかわれている。
清水も手堅い芝居をする。顔が地味めなのがこの役にぴったり。
ドゥニャーシャ:酒井藍
この家の女中。エピホードフに求愛されているところに、パリから垢抜けて戻ってきたヤーシャにひと目惚れ。しかし、結局ふられる。これは体重100キロの巨体が可愛いアイちゃん以外には考えられない。見た目とは裏腹に、図々しくて抜け目がなさそうなところ、ぴったり。
ヤーシャ:高井俊彦
若い従僕。ラネーフスカヤと一緒にパリから帰ってくる。キザな男。訪ねてきた母親とも会おうとしない。
高井、一見二枚目だが顔がデカイ。背も足りないので、劇中で「2頭身!」とからかわれる。滑舌が妙にいいのが面白い。
フィールス:池乃めだか
老僕、八十七歳。まるで幼い子供に接するように、ガーエフの世話を焼いている。
わたしの大好きなめだか師匠。最初はガーエフにと思ったが、病気になったあと、どうも台詞がままならないようなのでこの役に。屋敷からみんないなくなり、ひとり残されてしまった幕切れ、最後の長台詞を師匠が語るのを想像すると、うーん、切なくて涙が出ます。
あと、特別出演として、すっちーと吉田裕。幕間に、例のあれを、今年上半期のわたしの最大の<事件>だった、「ドリルすんのかいせんのかい」をご披露していただきましょう。
これが実現したら、画期的なチェーホフ劇になるはずですが。まあ、無理でしょうけど。

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