竹内銃一郎のキノG語録

名は体を表す。 「動植綵絵」メモ⑦2018.05.09

明るくなると。「父・募集」に応えて現れた男と同様、大きな旅行鞄を手にした旅人風の若者が立っている。舞台には彼ひとり。長い沈黙の後に語りだしたその内容は、マーシャの婚約者・アンドレイの事故死を告げるもの。彼の左手には包帯が巻かれていて、それがともに事故にあったことの証となっている。飛行機の中でアンドレイと知り合ったらしいその若者の名前は、エドマンドと言う。「リア王」をご存知の方なら、その名を聞けばおそらく、彼の語る話の信憑性に疑念を抱くはずだ。「リア王」に登場するエドマンドは、リアの家臣・グロスターの庶子で、息子としての権利を与えられることがなく、その恨みつらみから、父を罠にかけ、あるいは、リアの長女・次女を手玉にとって、等々、言うなれば詐欺師的人物なのだ。ついでに。アンドレイは、「三人姉妹」の兄弟の名前で、それだけを取り出せば、ふたりの結婚はそもそも不可能だったのだ。また、オーリガ・マーシャ・イリーナは、「三人姉妹」のキャラクター設定を踏まえ、オーリガは小学校の教員でしっかり者、マーシャは情緒不安定で自閉的、イリーナは年齢にそぐわない無邪気さを持った妹キャラとしている。エドマンドの長く沈鬱な独白の終わりを告げるように、弔いの鐘が鳴り響き、暗転。

明るくなると、舞台は前シーンとうって変わった賑やかさ。(今回の上演でご披露するのは、ここからである)マーシャを除く<家族>一同、食卓を囲んですき焼きを食べんとしている。まるで本当の家族のような、いや、本当の家族でも滅多になさそうな、笑顔溢れる夕食タイムは、「リア王」の冒頭シーンのパロディが演じられるところで頂点を迎える。それは、引退を決意したリアが娘たちに、自分をいかに愛しているか、その言葉の熱さの度合いによって領土を分け与えよう、というところを、「自分=父」ではなく「お肉」への愛について語れ、その台詞の面白さの度合いによって、牛肉を分け与えようとアル・父が言うのだ。しかし、かような<望外の幸せ>がいつまでも続くわけはなく、イリーナの「わたしは家を出て、ひとりで生活を …」という言葉をきっかけに、彼らの食卓に暗雲が漂い始める。アンドレイの墓参りから帰って来たマーシャが、一緒に行ったエドマンドからお墓の前で「愛してる」と告白され、その無神経が許しがたくて彼を殴ってやったと家族に報告すると、イリーナは、そんなはずはないといきり立ち、自分は彼から一緒に暮らそうと、昨日電話で言われたばかりだと涙ながらに話すと、オーリガは、エドマンドから結婚を申し込まれていることを明らかにし、自分も「おとうさまたちのように、家を出たいんです、おとうさまを捨てて」と続ける。外の嵐が室内にまで及んだかのような、雨風吹きすさぶこの事態に、どう対応したらいいものかと放棄・父ともどもアル・父が狼狽していると、彼が「三又ソケット」と怒りの命名をした問題児・エドマンドが、ぬけぬけと現れる。

さて、これからどうなるかは、次回に。

 

一覧