竹内銃一郎のキノG語録

カツシン!2014.05.02

「ラストデイズ」。俳優のオダギリジョーが、ずっと気になっていたらしい勝新太郎の足跡を、関係者等にインタヴューしながらたどるテレビ番組。
さすがにNHK。「情熱大陸」などとは違って手間隙かけたであろうことはよく分かったが、しかし。
美談を歌い上げるナレーションが面映く、時折挟まれるオダギリのコメントがどうにも薄っぺらで、終始イライラする。
「勝さんって、純なひとだったんですね」。オイコラ、お前は女子高生か。
かてて加えて、「ぼくも勝さんと同じように ……」を連発。この野郎、カツシンときみは同格か?
そう思ってるのならはっきり言ってやる。月とすっぽん、いや、太陽ともぐらくらいかけ離れてる、実績はもちろん、俳優としての力量も。
ほんとに見てるのか勝さんの映画を。きみの代表作ってなんだ? 「ゆれる」か? それ、「座頭市」シリーズの何本かの秀作と比べて、遜色ないとほんとに思ってるのか? だとしたら …、これ以上書くとわたしの品位が疑われるからやめておくが。うん? もう疑われてる?

 
勝さんのことは確か前に一度ここでも書いたことがある。わたしの目と鼻の先で一時間くらい、ある芝居の最初から最後までを、ひとりで何役も演じて見せてくれたこと。そんな、これ以上にない至福の時間をいただいたのに、結局、勝さん主演の芝居の演出を断ってしまったこと。申し訳ないです …

 
この種の番組でまずいのは、事実関係を歪曲していること。
先週であったか、民放のBSで森繁久弥をとりあげた番組でいい加減なことを言っていた。曰く、彼は喜劇も悲劇も出来る役者だったと。ここまではいい。でも、喜劇の代表作として「社長シリーズ」をあげ、悲劇の代表作として「夫婦善哉」をあげていたのだ。「社長シリーズ」が代表作というのもどうかと思ったが、「夫婦善哉」のどこが悲劇なのか。バカも休み休み言いなさいって話だ。この番組の関係者、誰も見てないのだ、きっと。
今日見た(正確には昨日)勝さんの番組もそう。もちろん、時間の制約もあるのだろうが、それまでまったく人気の出なかった勝さんが「座頭市」に出会って演技開眼人気爆発という、明らかに事実を歪曲したストーリーをでっち上げてた。
こういう「分かりやすさ」をメインに押し出す番組作りが、「佐村河内問題」を引き起こしたのだ。
わたしが指摘するまでもなく、こんなことは多くのひとの知るところだが、「不知火検校」(傑作!)で盲目の極悪人役を演じてヒットを飛ばし、それが「座頭市」の企画につながったのだし、また、「悪名」の大ヒットで彼は「座頭市」が作られる以前にすでにスターの座にあったのだ。
勝さんはもちろん、日本の映画史・芸能史に残る名優だけれど。晩年の、とりわけ「座頭市」は正直辛い。
座頭市は、その主題歌にもあるように、お天道様に当たらぬよう、裏街道を歩かなければいけないと考えているやくざで、なおかつ、盲目であることもあって、社会から二重の差別を受ける、哀しいひとだ。が、晩年の勝さんは見た目も太って貫禄たっぷり、おまけに、その演技もとてもうら寂しい人生を歩んできたとは思えない上から目線。だから、当初の作品にあった、捨て身で目明きどもと闘う、ギリギリの勝つか負けるかという切迫感がまるでなくなり、もう見た目からして、あんなへなちょこどもに負けるわけないじゃん、になってしまった。
晩年の勝さんにふさわしい企画、どうして誰もたてられなかったのか? システムが違うとはいえ、C・イーストウッドのところには、こんなのはどうかと今でも何十本も企画やらシナリオやらが送られてきてるというのに。なんて貧しいんだろう、この国は。
享年65歳と知って驚く。いまのわたしより若かったなんて。
10億を超える借金のほか何ひとつ残さずに死んでいった病室に残されたのは、座頭市で使った仕込み杖3本だけであったらしい。このエピソードにはちょっとウルッとなりました。

一覧