竹内銃一郎のキノG語録

「意気地なし!」な二本の映画2014.07.24

「moon guitar」を書き終え、傍から見れば暇でしょという状態かもしれないが、そうはいかない。
ハードディスクに入ってる未視聴の映画を見て、なおかつドンドン削除していかないと、新しく録画出来ないからせっせと見なければいけないのだ。
この3日で10本ほど見る。その中では、成瀬巳喜男の「夜ごとの夢」とアメリカ映画「世界にひとつのプレイブック」に惹かれた。
前者はサイレントだから当たり前だが、音がないのでとても静かだ。
TVはとにかくうるさい。お笑い系がうるさいのは半ばしょうがないとしても、スポーツ中継のうるささはなんとかならんのか。
多分、テレビ朝日系列だと思うけれど、アナウンサーがなにかと言えば、「この時のピッチャー心理は?」「こういう場面でのバッター心理は?」等々、心理心理と実にうるさいのだ。聞かれれば答えなければならない解説者は、なんのかのと言うわけだけれど、当然のことながら通り一遍のことしか語らず語れず、それになるほどなるほどと頷くアナウンサー。
ええ加減にせえよ。
サイレント映画にはときどき台詞の字幕が入るのだが、あまり入り組んだストーリーは字幕ではカバーできないので、まことにお話は単純だ。
幼い子供を抱えて、生活のために飲み屋で働いている女性が主人公。
そこに別れたはずの亭主が、子供に会いたいと現れる。この男、誠実ではあるのだが、いわゆる生活力がなく、その一方で、女房にはそんなところで働いてもらいたくないと思ってる。子供が病気になる。入院させるためのお金がない。男は女房にはお金を借りに友人のところへ行くと言って、実は学校(?)にドロボーに入る。それが発覚。警備員にピストルで腕を撃たれる。通報に応えて警官がやってくる。うまく逃げおおせて家に帰るが、女房にその傷はどうしたと問い詰められ、こんな盗んだお金を子供が喜ぶとでも思うのかとなじられる。
翌日。家に警官がやってくる。男の逮捕にきたのかと思いきや、亭主が自殺したという知らせ。亭主の手には紙切れが握られていて、それを開くと、「あとを頼む」みたいなことが書いてある。女房がその紙を引き裂くカットがあって、次に字幕、「意気地なし!」
映画の導入部が素晴らしい。学生風の男ふたりが橋に立っていて、そこにヒロインが現れる。ふたりは女の店の常連。女がタバコはないかというと、ふたりは競い合うようにタバコを差し出す。が、先に出した方のタバコの箱にはタバコが入っておらず、遅れた方の男が勝ち誇ったようにタバコを差し出す。女は受け取って、口に咥え、男が火をつけようとマッチを取り出すと、箱の中にはマッチがない。先にタバコで失敗した男が勝ち誇ったように、マッチを差し出す。
単純なギャグだがこのやりとりのリズムが心地よく、笑わせる。それに続いて、彼女が住んでいるアパート界隈のカット。
風に吹かれて洗濯物が揺れている。彼女の生活環境が、その色っぽい登場とは裏腹に、なかなか厳しいものであることが、このワンカットで明らかにされるのだ。
後者はその投げやりなタイトルから、5分見て詰まらなかったらすぐに削除をと身構えていたのだが …‥
前者とはまったく真逆の、実にけたたましい映画。
主人公は、いまは別の病名になっているらしいが、昔は躁うつ病といわれた病で8ヶ月入院。物語は、彼が退院したところから始まる。
ストーリーの詳細は、映画紹介のウェブで確認していただくことにして。
登場人物の誰もが実によく喋る。言葉の過剰な氾濫が見るものを落ち着かせず、また、誰もが精神の不安を抱えていて、いつかどこかでとんでもない事態になるはずと、見るものもまた物語の行く末に常に不安を抱えながら見ることになる。
が。最後は、ありがちと言えばありがちの、だからこそ感動もするハッピーエンド。
その巧みなストーリーテリングに舌を巻く。そして、ヒロインを演じるジェニファー・ローレンスの素晴らしさ。
彼女も精神的な不安を抱えていて、病院にも入り、いまも薬を飲んでいる。そんなふたりが徐々に互いの距離を縮めていく過程がこの映画のメインストーリーなのだが、その心の揺れ動きをジェニファーが見事に演じている。
なんて、前から彼女を知っているかのように書いているが、最近の、とりわけ海の向こうの映画事情にはとんと疎く、このひと誰よと思ってネットで調べたら、彼女はこの映画でアカデミー賞の主演女優賞を貰ってた。
彼女は、自らの寂しさをどう処理していいのか分からず、勤めていた会社の社員全員と性的な関係を持ってしまった、というすさまじい女性だが、それがゆえに、過剰にセンシティブで、相手のなにげない(と、語った当人は思っている)ひとことに深く傷ついてしまう。その瞬間を示すこの女優さんの鋭敏な演技は、見ているこちらをも動揺させてしまう、あ、取り返しのつかないことをしてしまった、と。
物語の終わり近く。男の父はアメフト狂いで、地元チームの勝利に大金を賭ける。
父はノミ屋だという設定になっているのだが、どうもその実態がよく分からないのでもどかしい。ノミ屋という訳が間違っているのではないかと思うが、それはともかく。父はバクチ仲間と、アメフトで地元チームが大差で勝ち、更に、同日に行われるダンス大会に出場する息子とジェニファーペアが10点満点の5点以上取ったら、それまでの負けを一挙に取り戻せる賭けをする。
ジェニファーは好きでダンスをやっていて、一緒に大会にと男を誘ったのだ。しかし、男はまったくのド素人で、5点なんてとても無理だからと、父にそんな賭けはやめろといい、父がそれを拒否すると、じゃ、自分は大会には出ないと言う。
父は、息子がこの高いハードルを乗り越えれば、精神の危機も乗り越えられると思っているのだ。
大会出場を拒む男にジェニファーが言う。「この根性なし!」と。
静かな映画とけたたましい映画。この対極にある映画のヒロインが奇しくも、相手の男に対して同じことばを投げつける、今回はそういうお話でした。

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