三尽くし 「チェーホフ流」解題22017.12.18
前回触れたように、「みず色の空、~」は、60台後半でひとり住まいの女性・ユキコのひとり語りから始まり、そこから遡ること約半世紀、彼女が高校二年生だったひと夏の出来事が語られ、そして最後は再び、彼女のひとり住まいの現実(?)に戻るという、序破急とは呼べないまでも、一応は三部構成となっている。真ん中のユキコの思い出部分では、10日間くらいは予定されていたはずの合宿期間のうちの数日間が描かれているのだが、朝の稽古風景に始まって、それから二日後の生徒たちの夜の過ごし方のあれこれが語られ、そして、合宿中止を余儀なくされるような事件の勃発と、これも三部構成となっている。さらには、これも真ん中の部分、「生徒たちの夜」では、一部屋三人であること、そして、幾つかある部屋から三室選んで、それぞれの部屋にいる生徒たちの素顔と、そして彼らの面白エピソードが紹介される。さらにまた、登場人物も。当然のことながら、1年・2年・三年と生徒は三学年いて、生徒と教員と、そして外部からやってきた教員の知人と、これまた三種に分けられるだろう。もちろん、いわゆる三角関係があっちにもこっちにも。
ついでに、「チェーホフ流」に収められている他の作品の「三」にも触れておこう。「氷の涯」も、ロシアの高級リゾート地のホテルの一室・整形外科病院・ペテルブルグの街角にある古い小さなアパートの一室と場面は三つ。最初のホテルの一室を舞台にする場面も三つに分けられ、最後の場面も三つに分割されているが、その詳細は改めて。チェーホフの短編小説の劇化である「小役人の死」も、劇場のロビー、小役人の自宅、そして、小役人が劇場の客席で思わずくしゃみをして首筋にツバをかけてしまった勅任官の自宅と、これも場面は三つで、小役人の自宅場面が三回。「オカリナ~」も、主人公・高杉の自宅、高杉と同居している彼の姪・すみれが小学生時に通っていた教室、そして、高杉らが関係してしまった「バラバラ事件」の捜査本部・別室と三つの場所が交錯する構成になっている。
「三」は劇作の基本である。発端・展開・結末を明晰化したうえで、それぞれをまた三分割をする。さらにそれら三部分したものを三分割できれば、おそらく、それほど退屈なものにはならないはずだ。登場人物の配置も同様だ。対立するABだけで面白くするのは難しい。それぞれが複数の顔を持っているように設定出来ればまだしも、対立が激化すればするほど物語は単純化の道をひたすら走ることになり、最後は、分かりやすい悲劇かベタな喜劇にしかならないだろう。第三者Cの存在、そして彼・彼女の身の振り方によって物語は活性化し、そのことが、読者・観客に、先行きへの興味を膨らませるのだ。ワイドショー等で取り上げられる芸能人の結婚・離婚よりも「不倫問題」の方が面白いのは、ABふたりの間にCなるトリックスターがいるからだ。
「みず色の空、~」のように登場人物が多人数である場合も、まず三つのグループに分け、さらにそれぞれを三つに分ければ、登場人物それぞれの役割もはっきりするはずだ。そうだ、サッカーもDF(GK含む)・MF・FWと三つのグループ分けられているし、野球の守備も、バッテリー、内野、外野と三分割されているではないか。
おそらく、すぐれた作品の多くは、明晰かつ詳細な「三化」がなされているはずで、「三」という数字を基準にして作品に接したら、面白い作品はさらに面白くなり、退屈な作品の退屈さはよりはっきりするだろう。