竹内銃一郎のキノG語録

その1度の角度のズレが … 稽古初めにこんな話をした2012.08.30

20日に稽古を開始する予定だったが、台本ママナラズ一週間遅らせ、今週の月曜から始めた。
稽古初日の台本は、わたしの書式で10枚ほど。そして、本日さらに7枚追加。
上演時間を50枚・100分前後と考えているので、これで全体の1/3を踏破したということになる。
台本完成を、本番の1ケ月前、9月11日までにはと思っているが、それはなんとかクリア出来そうだ。ヨカッタヨカッタ。ま、これは取らぬ狸の …というヤツですが。
多分、前にも書いたと思うけど、以前は、本番初日の2、3日前に台本出来上がり、なんてことはザラだった。 当時わたしの芝居に関わっていただいた皆さん、ほんとにご迷惑をおかけしました。 それに比べれば。歳を経るとともに書くスピードが上がってるというこの恐るべき事実!
今週の稽古は14~18時の4時間。初日・二日目は読み合わせ。2回読んでも40分ほどで終わる。なので、残りの稽古時間の大半をずっとわたしが喋り続けることになる。聞いてる方も多分大変だろうが、もちろん、大変で疲れるのはわたしの方だ。だって、3時間以上ひとりで喋るんですよ。
二日目に話したのはきわめて基本的な、こんなこと。
世界にあるすべてのものは、構造物と考えることが出来る。構造物は、幾つかのパーツに分けることが出来る。
たとえば、この目の前にある机は、長方形の天板と2本の脚、それとそれらを繋ぐネジ等のパーツから出来ている。
言うまでもなく、演劇も戯曲も構造物である。
戯曲を成り立たせている最小のパーツは単語だ。幾つかの単語をつなげ組み合わせて台詞・ト書きが出来ていて、それらを繋ぎ、組み合わせて戯曲は出来上がっている。まずこの単純な事実を確認しよう。
さて、読み合わせは、基本的にはただ声を出して読めばよく、アタマが悪い俳優がやりがちな、バカデカイ声を出して<気持ち>をあらわにする必要はない。というか、そんな真似は害でさえある。
立ってからの稽古もそうだが、とりわけ読み合わせでなすべきことは、確認という作業である。
なにを確認するのか。さっき話したこと、戯曲の構造の確認だ。
例えば、S2は5枚・10分ほどの長さだが、これを3つのパーツに分けるとしたら、どこにスリットを入れて分けたらいいのか。更にそれぞれのパーツをまた更に3つに分けるとしたら ……
序破急の原理に則って構造化するのだ。
もちろん、ひとつの台詞もパーツを意識する。
俳優が戯曲を読解するとはこういうこと以外ではない。テーマがどうとかこうとか、そんなもんドーデモイイのだ。
戯曲の最小パーツは単語だが、いざ立って発語する時、最小単位は音になる。
いうまでもなく、「私」という単語は3つの音から出来ている。「わ・た・し」という3つの音のパーツ化=差異化が意識されたい。
などなど。目の前にある台本の一部をテキストにして延々とこんな話をした。
こういうわたしの話・考えを、そんな細かいことを言ってたら芝居なんか楽しくないし、そもそもどれだけ時間をかけたって出来ないよ、なんて思うひとがいる(かもしれない)。
何年か前、テレビでスキーのジャンプ選手を追いかけたドキュメントを見た。跳んだのをビデオで撮って、選手とコーチはそれを見て、ここはいいとかダメとか話し合っていたのだが、驚いたのは、跳び出した時のスキー板の角度が、これは1度低いとか高過ぎたとか、そんな話をしてるのだ。もちろん、その1度が距離を10メートル伸ばしたり足りなくしたりするのだろう。
わたしもこのレベルの話を芝居の現場でもしたいのだ。
一週間足らずのやっつけ仕事みたいな稽古でロクな芝居が出来ようはずがない。別に誰かにあてつけて書いてるわけじゃありませんが。

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