竹内銃一郎のキノG語録

「霜降り明星」と「キノG7」2017.07.11

10日、難波の千日亭に出かける。10月の公演場所としてどうか、という下見。演劇の公演も時々あるらしいが、多くは落語・講談・浪曲に使われているところ。そもそもは宴会場だったらしく、いわゆる劇場としては明らかに変則で、どう使ったらいいのかすぐにはアイデアが思い浮かばなかったが、まだ時間はある、装置無用の公演でもあり、となると、場所自体に風情といったものが必要だと思っていたので即決、ついでに11月も使わせていただくことにした。

20代半ばだったか。知人の自主映画に助監督兼制作補佐兼出演俳優として参加したのだが、手ひどい徒労感というか不消化感が残り、その主たる原因は人間関係のわずらわしさによってもたらされたもので、もうおれはひとりでやるんだと8ミリカメラを購入、「室内旅行」というタイトルで自分の部屋の隅々を、まるで虫が這うようにして撮ったのだが、一か月くらいかけて出来上がった作品を見てみると、これがクソ面白くもない駄作で。映画が駄目なら音楽だと、学生時代にときどき弾いていたギターを引っ張り出してみたものの、ドーニモならない腕前であること歴然で再びの挫折、ギターは難しいが太鼓なら簡単だろ? とも思ったが、太鼓を叩きながらなにをどう歌ったらいいのか、なにも思い浮かばずに三度の挫折。一方で、大和屋さんからピンク映画のシナリオ依頼が何度かあり、書き上げたシナリオを手渡すたびに、褒め上手の大和屋さんは、「竹内くんは天才だね。ピンク映画でやるのはもったいないシナリオだね」と言ってくれたのだが、一度も映画化叶わず。あっちこっちで挫折を重ねているうちに、「竹内、芝居のホン、書かないか」と年長の友人・小澤さんからお声がかかって、それが芝居に首を突っ込むきっかけになったのだ。もちろんその時点では、こんなに長く芝居にかかわることになるとは思ってもみなかった。

などと昔話を書いてしまったのは、只今着々進行中のリーディング公演の構想は、前述した、ひとりで太鼓を叩きながら路上で歌うのはどうかという思いつきの延長線上にあるような気がするからだ。舞台装置もない、照明という名に相応しい明かりもない、音響も最小限度、出演者も片手で足りるくらいの人数で、ひとが集まりそうな場所ならどこでもOK、という実に身軽な基本スタイルが。

難波から帰って、録画しておいた「ABCお笑いグランプリ」を見る。優勝した霜降り明星に、この種の番組では久しくなかった刺激を受ける。面白い。チビとのっぽというオーソドックスなの組み合わせで視覚的にも落ち着くし、ボケ、ツッコミともに奇抜なギャグを次から次と繰り出してくる、20代前半という若さでこれだけワクワクさせるコンビは、あまり記憶がない。今年のM1優勝という彼らの夢は叶えられるのではないか。この2、3年、わたしのイチ推しだったマルセイユ、決勝戦まで進出したが、勝った霜降りとは10点という点差以上に力量差があり、それよりなにより、霜降りにはマルセイユにはない、初々しさがあった。

今回のタイトルにある「キノG7」とは、「竹内集成」を連続上演する劇団名である。これまで(仮)としていた「Jクラブ」は、サッカーのJリーグと間違われそうなので、どうしたものかと考えていたら、フッとこの名前が頭に浮かんだのだ。奇妙と思われるかもしれない命名だが、明快な理由が二つある。ひとつめは、「キノG語録」というこのサイトの名前からきていて、つまり、5・6に続くという意味。そしてもうひとつは、つらつら考えてみるに、今回の劇団は、わたしにとっては7つ目なのだ。そして、思いついたその日が7月7日だった、ということも。ああ、いま気がついた、わたしは今年70になるのだ。7の連発。ラッキー!

ところで、霜降り明星という命名はどこからきてるのだろう? 理由が分からないけれど、押しつけがましさが感じられないところが、キノG7同様、とても結構。因みに、キノG7は「きのじいせぶん」と読みます。よろしく。

 

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