竹内銃一郎のキノG語録

伴淳(ばんじゅん)と伊藤裕一  森崎東の「黒木太郎の愛と冒険」2010.05.25

伴淳(ばんじゅん)。伴淳三郎の通称。キムタクと同じですね。戦後間もなく、「アジャパー」という流行語で人気者に。日本喜劇人協会の会長もつとめた日本のコメディアンの重鎮だったひと。映画「飢餓海峡」(監督内田吐夢)の犯人を追う刑事役で大評判になったが、わたしの関心からはずっと遠いひとだった。
このひとの凄みを再発見・再認識させられのは、最近見た映画「黒木太郎の愛と冒険」(監督森崎東 1977年公開)。博打の負けの取立て屋だが気が弱いので、取り立ての時は、酒を飲んだら死ぬと言われているのに、一杯ひっかけてことに当たる、という役柄。出番は少ないが、本物? と思わせるほどのすさまじいまでのリアリティ。社会の最下層で蠢くものの、惨めさとなけなしの気負いが伝わって、素晴らしい。
同じくこの映画でびっくりしたのは、伊藤裕一という俳優(当時は素人?)。顔はブラマヨの吉田からブツブツを取り除いた感じ。特徴的なのはその声で、TVのニュースなどで、喋っている人物が特定されないために機器で声を変えて流したりするが、あの「変えられた声」なのだ! 今まで聴いたことのない声。映画の前半は、シナリオにいささかの混乱と不備があり、もたつくのだが、中盤以降はずっと緊張感が漲り、素晴らしい。とりわけ伊藤さんを中心にした3人の若者たちの表情が。3人が映りこんだ、誰も喋らず動かずという長回しのカットは、手に汗がじわっと吹き出すほどの迫力。こんなに思い詰めた表情の若者、映画やTVドラマはもちろん、現実にも長らくお目にかかったことがない。
伊藤さん、この映画で俳優などすっぱりやめたと勝手に思い込んでいたが、ネットで検索したら、劇団を主宰し、CMなどにも出ているようで、なんとなくがっかり。

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