竹内銃一郎のキノG語録

老いては子に従え2014.01.15

今月中に東京の住まいから引っ越すことにしたので、年末からずっと引越しの準備に追われている。
家財道具類はさほどないのだけれど、とにかく本!こいつがなんとも厄介で。
とりあえず100冊くらいは、CD約100枚くらいとともにブック・オフに売る。買取金額約1万3千円。CDが1枚10円で本が一冊100円というところか。ま、ゴミで捨てるよりはと思うけれど、切ない。
一方で、忘年会やら新年会やら同窓会(?)やらがあり。
中では、POGの新年会が楽しかった。競馬の話は尽きませんからね。以前にもブログに書いたけれど、日頃、顔をあわせるひとのほとんどすべては演劇関係者で、だから、それとはまったく関係のないフツーの人たちとの語らいには、ことさら心やすらぐわけです。
久しぶりにその演劇関係者で友人のX(仮名)と会って新年会。どういう話の流れでそうなったのかは覚えていないのだが、かなり激しい口論になってしまった。その内容は…

 
最近の芝居はどうよ?という話の流れで(多分)、マジメな芝居が多くないかとわたしが話したら、Xはそうだといい、自分は15年ほど前から現在の流れを希望し、予見していたという。面白いのかと聞くと、面白い、それが証拠に今年も去年もその前も、そういう芝居が読売演劇賞の最終候補にノミネートされているし、紀伊國屋演劇賞にもそういう芝居が選ばれているという。
その、賞の対象になっているということがさもエライことでもあるかのように繰り返し語るその姿勢にカチンときた私は、選考委員はみんなジジイだろ、俺はそんなもの認めない、というと、お前もジジイだろというので、そうだとわたしは応え、その前に彼は、ケラや大人計画の芝居にいまだに若い観客が押し寄せている現象を苦々しく思っている、という類のことも言っていたので、俺は、ジジイ達が推している芝居と若い人たちが詰め掛ける芝居と、どっちか選べと言われたら、迷うことなく後者を選ぶ、とタンカを切ったのだった。

 
60年代以降のこの国の流れを簡単に記せば、マジメな新劇に異を唱える形で、アングラ・小劇場の演劇が生まれ、それから、それらにあって新劇にはなかった笑い・エンターティンメント的要素を拡大するフマジメな劇が生まれ(代表がつかさん)、それから、バブルの到来とともに第三舞台系と呼んでいい類の芝居が数多く作られ、バブルのはじけとともに、静かな(マジメな?)演劇がもてはやされ、その反動として、大人計画やナイロン系(の一見フマジメだけど実はマジメな)に人が集まり、そしてこの数年ほどは、先のジジイたちのお口にあうらしい、社会的な問題に取り組むマジメな芝居が …と。
要するにマジメ・フマジメの繰り返しで、賞を選ぶジジイたちはそんな単純な流れに殉じているだけなのだ。
わたしが学生の頃の合言葉のひとつに、「自分より年上のヤツが言うことを信じるな」というのがあって、わたしはいまだにそれを正しいと思っている。それが故の前記の発言である。
しかし、Xの口から、社会的な問題に取り組まないような芝居は認めないという発言を聞こうとは!
いうまでもなく、わたしたちは誰も<社会的存在>であって、だから仮に、暇な若者が暇にまかせて、自らのへそのゴマをとりながらブツブツいっているような芝居も、それは間違いなく<社会的な問題>との取り組みであって、なにも新聞の見出しになるようなことや、歴史的な人物を取り上げることだけが、<社会的な問題>だけではないのだ。なんでそんな単純な理屈が分からないのだろう?
さらに言葉を重ねるならば、例えば<震災の問題>を取り上げること。そのこと自体はもちろん、だからエライ、ダメだということでもないのだが、意地悪な角度から見れば、それは他人の不幸をネタにすることでもあり、少なくともそんな題材を選ぶことに、多少なりとも気恥ずかしさくらいは感じてほしいと思うのだ。

 
話変わって。
年末年始はお笑い番組が大量に流され、かなりマジメにわたしはそれらに対応。
その中のナンバー1は、番組名は忘れたが、吉本新喜劇のスッチーと吉田裕がやったコント。
マジメなサラリーマン風の男(スッチー)とヤクザまがいのわかい男(吉田)が、すれ違いザマに肩をぶつける。当然のように、ヤクザ風の男が因縁をつける。と、スッチーは目にも留まらぬ速さで背広の内ポケットから棒きれを取り出し、いきなりヤクザ風の胸のあたりを殴りつける。「なにするんじゃ!」という男の言葉を無視して、スッチーはなおも2,3発殴って、それからヤクザの上半身を裸にして殴り、次に足のつま先を殴る。ヤクザが「つま先はやめろ!」というと、今度は下あごを痛打。「顎はやめろ!」というと、また、つま先攻撃、それから、棒の先で胸のあたりをグリグリ。それが延々続いて、その間、スッチーはほとんど無言。ま、これだけでは面白さはよく分からないかと思いますが。イヤー、笑いました。
もともとは新喜劇の一場面だったとかで、たまたま今年になってそれも見ましたが、こっちの方はイマイチ。ま、ステージが変わって、売れてる他の芸人たちの目の前でやるというシチュエーションもあり、ふたりとも相当気合が入っていたのでしょう。吉田裕のハイトーンの音色がとてもいい。
あとはかもめんたるのストーカーのコント。よく出来た芝居になってて、最後のオチにはちょっと驚きましたし、コントに似つかわしくない後味の悪さがあり、魅かれました。

 
なんてことで、しばらく以前と同じ場所でこのブログ続けます。
あ、遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

一覧