竹内銃一郎のキノG語録

時間とともに流れるもの、流れえぬもの。2017.03.06

先月22日に七条に引越し、段ボールを開けて整理する暇もなく、24日、浦和の自宅へ。私生活を露出する趣味はわたしにはないのだが、今回ばかりは少々触れないと文章全体が多分よく分からなくなるので、悪しからず。

この度、長く別居していた「奥さん」と同居することになり、浦和へ行ったのは自宅の引越しの準備をするためだ。3年前の池袋から伏見への引越しの時には、ずいぶん多くの物を処分したのだが、今回の伏見からの引越しも負けず劣らず。しかし、浦和の自宅は別格だった。そりゃそうだ、30数年の間、わたしの私物はその間、手つかずのまま封印状態だったのだから。すっかりお太りあそばしたので服はすべて着られず、ビデオも大半がベータなので見ようにも見られず、これらの処分だけでも相当量に。本もずいぶん処分したのだが、これが。先月末、ブックオフが通常の30%アップで買い取るというので、澁澤龍彦の本を筆頭に、高額になるであろうと推測したもの数十冊を含め、全部で400冊ほど売ったのだが、な、なんと付いた値段が600円と少し。30%アップでなければ500円に満たない額である。むごいことをする。頭に来るのを通り越して笑ってしまった。今朝、喫茶店で読んだ新聞に、いま、単行本になったネット小説が売れていて、100万部を越えたものもいくつかある、という記事が載っていた。そういうことか。多くのひとは、読んだそばから忘れてしまうような<分かりやすい>小説がお好みで、澁澤のようなおかしな作家なんて論外なのだ。だからブックオフは、彼の著書には10円程度の値しかつけない、と。明日、浦和の自宅に、ブックオフが再度の買取に来る予定だが、前回の倍量になる今回、いったい幾らの値段がつくのだろう、楽しみだ。

すっかり忘れていたナマ原稿がいっぱい出てきた。大学2年の時にシナリオ研究所に一年通って、終了後、基礎講座を担当されていた新井一氏が、もっと勉強したいという希望者を相手に、無料で講座を開いていた。真面目なわたしはそれに参加。講義内容は、週一だったか隔週だったか、氏が出された課題をペラ(2百字原稿用紙)10枚程度のシナリオにまとめ、それをみんなで合評するというもので、その時の原稿が出てきたのだ。読むとこれが意外に面白く、大学に入った頃に書いていたものとは雲泥の差。たった一年でずいぶん力をつけたものだと、「若いわたし」に感心する。

手紙も写真もいっぱい。当然のことながら、あんなことがあったこんなことがといろいろ思い出したのだが、新鮮な衝撃を受けたのはNからの手紙だった。内容から察するに、大学2年の時に受け取ったものらしい。書かれていることは自らへの呪詛のようなものだが、文体ともどもドストエフスキーの小説を思わせる、まるでストマックに重いパンチを叩きこまれたような迫力。彼とは高校3年から親しくなり、大学に入ってからもしばらく交友関係は続いたが、ともに別の人間関係の方にウェイトを移したため、なんとなく疎遠に。しかし、ある時期まで、彼はわたしにとっては、どんな著名な作家よりも大きな影響力を持つ存在だった。手紙を読んでそれは無理からぬことと得心。彼はいまどこでなにをしているのだろう。

学生時代、Nは能楽研究会に所属していて、あれは何年生の時だったのか、学園祭で新作能を発表。タイトルは「火花」だったか「花火」だったか。広島に落とされた原爆の、なんと美しきことよ、というきわめてアブナイ内容のものだったのだが、薪能というもの珍しさも手伝って、わたしはひどく感動し、いまもなお忘れがたい舞台のひとつとなっている。

 

 

 

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