竹内銃一郎のキノG語録

肌ざわり 無口な床屋さんとのたった一度の例外2010.08.17

まず訂正を。昨日のブログに「夕陽に光る俺の顔」とあるのは、「夕陽に赤い俺の顔」でした。
みんな、女性はともかく、男子・男性はどれくらいの頻度で散髪するのだろう?
わたしは大体月末に行くのですが。だから、ツキイチです。
わたしは、いわゆる日常的な、普通の、さりげない会話というのが苦手です。おおむねの床屋さんは、大体その手の会話を仕掛けてくる。これが面倒で、大体寝たフリをして、その時間をやり過ごすことにしているわけですが。
先月の末、芝居の稽古で東京に帰れないので、仕方なく河内小阪の1000円でカットのみという店へ。ここを選んだのは、値段の安さもさることながら、10分くらいで終わるのがいいと思ったわけです。30分待ってようやくわたしの番。椅子に座るやいなや当然という感じで、<普通>の会話を仕掛けてきました。「阪神ファンですか?」と聞いてきたのは、待ち時間用にと、スポーツ新聞を手にしていたからだ。「いや、巨人です」「ここらへんのひと、結構巨人ファン多いんですよ」「そうですか」「ここらへんのひととちゃいますよね」「ええ、単身赴任で」「東京ですか?」「ええ、まあ」「なんですかね。わたしの知ってる関東から来てるひとはみんな、東京へ帰りたない言うんです。東京に行ったこっちのひとはみんな、はよ大阪へ帰りたい言うんですけどね」
出た、お国自慢! ああ、嫌だ、面倒臭い。田舎者がッ!
わたしはこの20年ほど同じ散髪屋に通ってる。腕がいいからとかそういうことではなく、とにかく喋りかけてこないからいいのだ。この二十年で、店に入ったときの「いらっしゃい」と、終わって帰るときの「ありがとうございました」以外のことばを、一度の例外はあったけれど、ほかには聞いたことがないし、わたしの方も「こんにちわ」と「どうも」以外に、一度の例外を除いて、口にしたことがない。
たった一度の例外。それは、わたしが仕事の都合で三ヶ月ほど東京に帰れずにいて、久しぶりにその散髪屋に顔を出したとき、「あ、久しぶりですね」「ちょっと仕事で ……」というやりとり。この時もこれ以上の会話はありませんでした。いつも平日の昼頃に行くので、「仕事はなにを?」とか聞いてもいいところなのに。いいですね。
なにか喋るのがサービスだと勘違いしてる河内小阪のお兄ちゃんとは大違い。
ところで、本件(?)のタイトルになっている「肌ざわり」は尾辻克彦の小説のタイトル。引越しして、新しい床屋を探すのだけれど、なかなか決められず、ええいと思って入った店の親父がなんとなくオカマぽくて ……というお話。思い当たることが多々あり、笑える。
尾辻は、赤瀬川原平という名前で、もともとは現代美術家だった。若かりしころ、「ハイレッドセンター」という美術家たちのパフォーマンス集団を作り、過激でカッコイイことをやってまして。その行動の記録が「東京ミキサー計画」という本になってます。
わたしは彼の大ファンで、刺激・影響も受け、「赤い花咲くいつかのあの家」という戯曲では、彼のエッセイの一部を台詞に使ったりもしました。で、調子に乗って(?)、彼の本に「鏡の町皮膚の町」というのがあり、それをわたしの次回作のタイトルに使わせてほしいのですがと手紙を出したところ、「タイトルの貸し出しはしておりません」とそれだけ書かれたハガキが返ってきました。赤瀬川さん、面倒臭かったんでしょうね、分かるんですが。ダメだってことでいいから、もう2,3行なんか書いてくれたらな、と。なんかそれで、一気にファン熱が冷めてしまって、わたしそれ以来、ほとんど彼の本は読まなくなってしまったわけです。
ことばは難しいと、そういうお話でした。

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