竹内銃一郎のキノG語録

台詞は、地面にツバを吐くように言えばいい。2017.12.11

「チェーホフ流」の稽古、始まる。取り上げる戯曲の中でいちばん古い「みず色の空~」は、初演の2、3年後に伊丹のアイ・ホールプロデュースで上演し、今回も出演の保と武田さんがそれに出演していることは以前にも書いたが、今回の新メンバーである岩田、芝原、若尾の三人娘は、その頃はまだ3~6歳だったと言うから笑ってしまう。武田さんは当時20台半ばだったから、現在の三人娘とほぼ同年代で、いまはほとんどおじいさんの保もまだ30前後だったというから、いやあ、彼らも昔は若かったのだ。

今朝、録画しておいた「黒澤明の世界」を見る。これは1979年にNHK特集で放映されたものだが、「シリーズ ニッポンのパイオニア」の2回目として昨日放映。初放映時にも見ているはずだが、もう40年近く前のことで、黒澤が俳優やスタッフに怒鳴り散らしていたこと以外なにも憶えておらず、ほとんど白紙状態で接した。5年ぶりの映画「影武者」の撮影現場にカメラが入って、黒澤の言動を丁寧かつ大胆に追跡したものだが、皮肉なことに、映画「影武者」本体よりもこっちの方が …と思わせるドキュメンタリーの傑作。

映画監督ってこんなに大変なのだと知らされたのは、武田信玄VS織田信長・徳川家康の長篠の戦いの場面。延べ1万人を超える出演者と数千頭の馬を束ねてしかるべき場面として成立させ、にもかかわらず(?)、この場面、2時間半の上演時間のうちのたった一分足らずだというのだから! この時、黒澤69歳、現在のわたしとほぼ同年齢。にもかかわらず、この精神的肉体的なタフさはどうだ。信じられない。驚いたのは、黒澤の演技指導。俳優を前に自分でやって見せていた。相手が素人ならまだ分かる。主役の影武者(と、信玄)を演じた仲代達也にまで、細かな指示を出していて。これがまた、出来ないんだなあ、仲代サンが。別に彼に向けて言ったわけでもないのだろうが、「どうしてこんなセリフがまともに言えないのかなあ」と黒澤、ぼやいておりました。

いまはもう、こんなに手間暇=時間をかける撮影現場はおそらくあるまい。TVの現場はさらに劣悪だろう。もちろん、ドラマだけではなくワイドショーやバラエティー番組も。厳しいのは、そういう手抜きの現場で作られている映画やTVを面白いだのなんだと言って、観客・視聴者の大半は、さしたる不満も疑問ももたないという現実だ。いや、見ているひとだけでなく、現場のスタッフ・俳優もそういうものだと思っている風なのだ。つまり、それは手抜きだということに気がついていないという …。改めて、厳しい時代になったのだなあ、と思う。若い人は金はなくても時間はあるのだから、もっと本や映画や芝居等々に触れたらいいのにと思うのだが、そういうものに時間を費やすことにためらいや不安があって、というより、情報過多のこの時代、なにをどういう基準で選んでいいのか分からず、結果、知らないものには手を伸ばさず、馴染みあるものにのみ殊更に深入りするのだ、多分。みんな、ほんとに見ないし読まないし。今から30~40年以上前なら、映画等々に関係のない一般のひとでも、黒澤映画の2、3本は見ていたように思うけれど、いまはもうそんな共通項的人物・作品は、映画や文学には存在しない。村上春樹の本が売れてる、EXILEの人気は衰えを知らないなんて言っても、彼らを支持しているのは、特別の限られたファンだけではないのか。それはマンガやアニメだって同様だ。

うん? わたしはなにを書こうとしている? そうだ、前述の3人娘の台詞術がわたしの耳には、いささか古めかしいものに思われ、その古めかしさの原因は、彼女たちの物言いのベース・モデルになっているのが、おそらく無意識であろうが、TVドラマやアニメの声優たちのお粗末な台詞回しなのではないか、つまりは、彼女たちの知識・教養はきわめて狭い範囲内のものに限られているのではないか、と改めてそう思ったのだ。

台詞はもっと自然に言えばいいと、黒澤は誤解されそうな言い方で俳優たちに注文を出していたが、わたしはもう少し具体的に、ことばをこねくり回すな、地面にツバを吐くように台詞を言う、(高倉)健さんの映画を見ろと、彼女たちに伝えたのだった。本番まであと一か月。彼女たちさえその気になれば、なんとか出来るはず。

 

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