「氷の涯」は借り物の涯 「チェーホフ流」解題42017.12.25
多人数芝居の「みず色の空、~」から、ふたり芝居の「氷の涯」へ。男女がそれぞれ二役をするところがこの戯曲のウリである。途中、顔を出さずに声だけ聞こえるホテルのボーイと、幕間に今年百歳になるという整形外科医が登場するので、厳密にいえば「二人芝居」ではないのだが、まあ、ともに2~3分の出番時間なので。
これには、「双子と整形の悲惨物語」というサブタイトルがついている。柄本(明)さんと広岡(由里子)さんでふたり芝居をという注文を受けてすぐに、悪徳の限りを尽くす姉と、信仰心の深さゆえに(?)次から次と不幸に襲われる妹を描いた、サドの「美徳の不幸」を思い浮かべ、アレでいこうと決める。姉妹を双子にし、男もそれに合わせて、善良な小市民とシベリアの監獄から脱走してきた凶悪犯にし、ふたりをそっくりにするために、後者は顔を整形する、という設定に。最初はタイトルも借りて「美徳の不幸」とするつもりでいたのだが、同じサドの小説に「悲惨物語」があることを思い出し、さらに、ストーリーをあれこれ考えているうち、ラストの設定・台詞を、敵(警察?)に追われた男女が、ウマぞりに乗って凍り付いたシベリアの海から逃亡しようとする夢野久作の「氷の涯」のラストシーンから拝借することにしたため、かくの如くのタイトルに。チェーホフからだけでなく、いろいろあっちからもこっちからもお借りしているのです。
一幕の舞台は19世紀末のロシアの高級リゾート地のホテルの一室。友人の葬式に参列後、傷心を抱えてこの地にやってきたミーシャ(小役人)は、勤務する小学校の同僚と旅行に来ていたオーリャと出会う。彼女は妻の双子の妹で、彼は学生時代、夏休みになるたび、家庭教師として彼女たちの家に出かけていたのだった。あれこれと思い出を語り合ううちに、懐かしさが引き金になって恋愛感情が再燃、ふたりは<許されざる一線>を越えようとするが、重い叶わず。と、そこへ、ペテルブルグの自宅にいるはずの妻(姉)・アーリャが現れる。アリャリャ。ミーシャはなんとかオーリャを隠しおおせて、とりあえず悪事(?)は露見せず、セーフ。
幕間は、天才と噂される整形外科医・医院のロビー。ミーシャは町で偶然出会った脱獄囚イワンを、自分の影武者(!)に仕立て上げるべく、ここに連れて来たのだ。医者とミーシャの頓珍漢なやりとりがあって …
二幕の舞台は、ヤルタのホテルとは真逆の小汚い貸家の一室。ミーシャは妻に隠れてオーリャと逢瀬をはたすためここを借りたのだ。ヤルタでの偶然の出会いから一か月後。列車に丸一日揺られてペテルブルグまではるばるやって来たオーリャは、ミーシャと感激の再会を果たし …と思いきや。抱き合ったふたりはミーシャとオーリャではなく、イワンとアーリャ!!。アーリャは町でミーシャに似たイワンを見かけ、しかし、「亭主とは匂いが違う」ことに気づいて、何者? と、彼を尾行してこの部屋を見つけ、そして、イワンからミーシャの魂胆を知らされアタマにきた彼女は、夫と妹にひと泡ふかせるべく、イワンにある計画を持ちかける。それは …?