逆転に次ぐ逆転 「チェーホフ流」解題52017.12.28
姉妹を双子にしたのは、ひとり二役の芝居という大前提があったからだ。いま考えれば、ひとり三役四役にすればもっと破天荒な面白さを獲得できたかも知れないと思う。通常なら途方もない企てだが、柄本さんと広岡さんならおそらく可能だったはずだ。そう言えば、同じ二人芝居の「あたま山心中」では、ふたりとも三役四役やることを強いられる設定になっているのに …。因みに、「氷の涯」以外にも双子が登場する戯曲を書いていて、「チェーホフ流」の作品として何回か前にも触れた「ひまわり」も、マーシャとイリーナを双子設定にしている。なぜそうしたかと言えば、両者間にある差異が、単なる(?)姉妹よりも、双方に生じる誤解や嫉妬を拡大しドラマとしてさらに面白くなると考えたからだ。他にも「Z」(斜光社1979)、「ラストワルツ」(JIS企画1999)、「マダラ姫」(JIS企画2004)等の双子モノを書いているが、「氷の涯」以外はみな、顔の似てない双子、つまり、ふたりの俳優が演じることを前提にしている。アララ? 「Z」、「ひまわり」、「マダラ姫」はそれぞれの劇団・集団の最後の作品になっているゾ! いや、JIS企画は終了宣言をしてないからアレだけど。
アーリャは、今日、オーリャとミーシャがこの部屋で密会するつもりであることをイワンから知らされ、一計を案じる。アーリャは役所に出かけて亭主を足止めし、イワンは彼になりすましてオーリャと関係を結ぶ、という。うまくいくか? と危ぶむイワンを、恋はひとを盲目にするからオーリャが気づくわけがない、とアーリャは説き伏せ、このシーンの最初は、本番前の稽古・予行演習から始まっている。いざコトに及ぼうとした時に、イワンが待ったをかける。首筋の皮が剥がれかかってると言うのだ。整形後毎日複数回、首筋にクスリを塗らないと皮が剥がれてもとの顔に戻ってしまうという、バカバカしい設定である。
アーリャが役所に出かけて、間もなく、オーリャが現れる。オーリャはさっきの予行演習でアーリャが言っていた台詞と同じ言葉で再会の喜びを語る。イワンは自分が偽物だと気づかれないうちにと事を急ぐが、オーリャはなんのかのと言ってベッドインの誘いをかわす。彼女は経験豊富な姉とは違いまだヴァージンで、だからソレが怖いのだ。イワンはそのたびに興奮がつのって体が熱くなり、着ていた服を脱ぐ。と、背中には縦横無尽に鞭で打たれた跡が残っていて、オーリャは悲鳴を上げて逃げようとするが …
いったん暗くなって。明るくなると、ベッドにミーシャがひとり。そこへ乱暴な口の利き方からアーリャと思われる女性がお茶の用意をして現れ、「オーリャが …オーリャが …」と泣いているミーシャを、「なんで別の男をあんたと間違えるような女のために涙を流すの?」となじる。彼女の話から、アーリャはイワンに殺され、イワンは首筋に塗るクスリを貰いに医者のところに出かけていることが分かる。
ひとり二役が面白いのは、こういうところである。つまり、いま舞台上にいるのはどっちなのか、観客は目で見ただけでは判別できない、というところが。しかも、この劇のこの場では、自分以外の人間をふたりが演じているところから始まって、暗転を挟んでの次のシーンでアーリャのように振る舞ってはいる彼女は、実はオーリャなのだ。逆転に次ぐ逆転。自分でも言っているように、イワンが恋するミーシャではないことに気づかなかった自分への不信から、この世から消してしまいたいと考えて、アーリャになりすましているのだ。てことは? そう、イワンはこの部屋でオーリャの見ている前で、アーリャを殺してしまったのである。ミーシャは(実はオーリャの)アーリャに、イワンを殺してやると宣言する。と、そこへイワンの足音が。ミーシャは台所のカーテンの陰に隠れる。ドアからイワンが現れる。ラストまであともう少しだが、続きは次回に。