僕はきみだけを見ている。 快作! 城定秀夫の「箱女 見られる人妻」を見る。2018.01.18
女子高生風の若い女性がマスクで顔を隠してエッチな行為を自撮りし、動画配信しているところから映画は始まる。彼女はれっきとした人妻なのだが、サラリーマンの亭主がまったくかまってくれず、誰かにわたしを見てほしいという切なる思いから、亭主がいない間、毎日のようにそんな破廉恥行為を繰り返している。こういう設定はこの種の映画ではよくあるものだが、ここからの手の込んだ展開が城定ならでは。彼女(エリ)の動画のもっとも熱心なファン(ハルク)が、実は亭主の会社の無能の部下(春山)なのだ。ある日、酔っぱらった亭主を送って春山が家に来る。むろん、彼は奥さん(エリ子)があのマスクの女・エリとは夢にも思わなかったのだが、チラッと見えた彼女の胸元に驚く。エリと同じところにほくろがふたつあるのだ。部下は家に帰って動画を見直し、上司の奥さんがエリであることを確信し、まずは彼女の家に、動画をプリントした、あられもない彼女の写真を送り、さらに、電話をかけて、わたしはあなたが誰かを知っている、あなたが日々やっていることを亭主に知られたくなかったら、「僕たちだけの部屋」を持ちましょうと脅迫する。
哀しいかな、わたしには動画配信の仕組みがよく分からない。流れている映像に視聴者が文字を挿入出来ることくらい知ってはいるが、文字を音声に変えたり、他には視聴できない「僕たちだけの部屋」を設けることが出来るなんて! ともかく。物語はというか、彼女はというか、ここから一気に加速・加熱する。ダメダメと呟きながら、洗濯物を干した後、唇に真っ赤な口紅を塗ってエリ子からエリへと変身し、「僕たちだけの部屋」でハルクひとりのために、あられもない肢体と行為を見せる。「○○脱いで」「○○見せて」「早く早く」等々、執拗に、矢継ぎ早に指示を出す、ハルクの無機的でありながらなまりを含んだ連呼と、躊躇いつつもそれに応じて艶めかしさを増していく彼女は、まるで人形遣いと人形のようだが、しかし、ふたりを繋ぐ糸はあまりにか細く、それがまた、彼と彼女の生きている不安・危うさを雄弁に物語っていて、あまりに切ない。
ある日、彼女のもとにハルクからプレゼントが届く。それは肌の露出を強要する真っ赤な服で、次のような文面の手紙が添えられていた。「これを着て街に出て、俺の指示に従って行動せよ。これが最後だ」。ここで流れる「ボレロ」! 煽り立てるように勇壮な曲調を裏切るように、履きなれない(?)ハイヒールでよたよたとしか歩けない彼女は、すれ違う人々の好奇の眼差しにさらされている。姿は見えねど声は聞こえるハルクの指示に従って、彼女は公園のベンチに座る。と、スケベ丸出しの男が前に座り、神の如きハルクの声は、その男にパンツを見せろと命令する。彼女がそれに従うと、発情した男は彼女に襲いかかり、あわやというとこで、ハルクが飛び出し彼女を救ったかと思うと、脱兎のごとく姿を消す。ハルクは<彼女を見るおとこ>であって<彼女に見られるにふさわしいおとこ>ではないのだ。
改めて書き添えるまでもなく、冒頭からここまで城定演出にはまったく手抜きがなく、ゆるみがない。低予算かつ短時間でという過酷な撮影をしいられる(と想像される)条件下にもかかわらず。昨日見たイタリア映画の「人間の値打ち」も信じられないほどよく出来た作品で感心したが、あっちとこっちでは撮影環境が天と地ほどに違うのだから同列には論じられない。いや、あっちが描いているのは上流階級(=天)の胡散臭さだが、こっちは地を這う虫のような人々に愛おしさの眼差しを向けていて、だから「箱女」には感心ではなく感動するのだ。
いよいよ大詰め。エリはハルクの言葉に導かれ、彼の住むアパートに足を運ぶ。その部屋の汚さ、貧しさ。ハルクはエリに「絶対に目を開けるな」と指示し、服を脱がせ、下着を脱がせ、そして彼女の上に覆いかぶさるが、コトはそれ以上に運ばない。焦れたエリは目を開けて、<見られるおんな>から<見るおんな>に変身し、目出度くコトを成就する。満足げに眠っているハルクを置いて、彼女は部屋から路上に出、スマホ等、持っていたものすべてを路上に置き、ハイヒールを脱ぎ …。え、自殺の用意? と思ったのは、わたしのバカな早とちりで、元・陸上部の彼女は、腰を折って路上に両手を置き、ダッシュする! 稀勢の里を彷彿させる、立派過ぎるからだを揺らしながら疾走する彼女のすがすがしさを、背後を彼女とは逆方向に走っていく電車が、さらに際立てる。なんて繊細なんだ、城定演出! タイトルの「箱女」は、映像の中でだけに存在する女、あるいは、家の中に閉じ籠って表に出ない女という意味だろうが、最後の最後に、彼女はエリという虚像、エリ子という虚像、ふたつの箱から飛び出すのである。彼女はどこへ行こうとしているのか、それは分からない。でも、それでいいのだ。誰にも明日のことなど分からない。