竹内銃一郎のキノG語録

「東京大仏~」の嘘八百。 「耳ノ鍵」解題⑤2018.01.30

またまた愚かすぎる間違いを。<お別れ>のために東京へやってきた父・娘の住まいは、札幌ではなく函館でした。いやはや穴があったら入りたいデス。というお詫びもそこそこに。

「東京大仏心中」の胎内めぐり(?)を始めよう。舞台は、東京大仏を間近に臨む、旅館の一室に終始する。部屋の名は「耳の間」と言い、隣室の「鼻の間」には怪しいおやじが泊っている。時間設定は、S2~5は「晩春」と同じ最後の旅の夜で、S1と6はその翌日の朝となっている。1と6は、プロローグとエピローグにあたり、この構造を最中に例えれば、餡である2~5を挟む皮のようなものであるが、最中の皮は手が餡で汚れないためにあるわけではないように、両シーンともに、物語理解のために欠くことのできない重要な情報が含まれている。

S1)父・中谷耕作が、チェックアウトの時間を10時からお昼までに延長してほしいと帳場に電話している。彼の傍らには、蒲団の中で死んだように眠っている娘の游子。電話の中で、昨日、高さ80米の東京大仏の胎内めぐりをしたこと、展望台になっている眉間の渦巻きまで登るつもりだったが、中はDNAの二重螺旋を思わせる螺旋階段になっているため、途中で息が上がって頂上まで行けず、喉仏を拝んで耳から鼻を抜けてきたこと等々が語られる。

むろん、本当の東京大仏にはそんな<凄すぎる仕掛け>などない。奈良や鎌倉の大仏の高さは、確か15~6米である。高さ80米の大仏なんて、そんなバカな! だからからか、少なからずの観客は東京大仏は実在しないものと思われたようだが、あることはあるのです、池袋から東武東上線に乗って約15分、下赤塚駅で下車し、そこから徒歩20分ほどのところに、ウィキによれば、青銅製の鋳造大仏では、奈良・鎌倉に次ぐ日本で3番目の大きさを誇る大仏が。

父は受話器を置いた後、リモコンでTVのスイッチを入れる。と、画像が乱れている、チャンネルを変えてもそれは変わらず、彼は苛立ってTVを激しく叩いてもみるのだが。と、電話の呼び出し音が。出ると、相手は游子の結婚相手の井上くん、「游子、井上くんから電話だ」と言ってみるが、娘は起きない。タイトルにある「心中」という二文字と、ここまでのあれやこれやの情報から、観客には「え、まだ始まったばかりなのに、もうひとり死んでるわけ?」と勘違いしてもらいところだが …

S2)時間は遡って前日の夜。この芝居に実際に登場するのは耕作と游子のふたりだけだが、名前だけの登場人物は結構な数いて、そんな彼・彼女たちの言動によって、物語と父・娘は、右に左に大きく揺れるのである。先に挙げた鼻の間のおやじもそのひとりだが、このシーンで電話をかけてくる、定山渓にある山菜料理の店の女将・清宮さんも大きな役割を担っている。このシーンで游子は耕作に、「わたしがいなくなったら、お父さんはどうするの? ひとりじゃなんにも出来ないのに」などと言う。「だからと言って、いつまでもお前をそばに置いておくにもいかないし。」と耕作は応え、それに加えて、自分にも結婚話があることを匂わせる。「相手は? さっきの電話のひと? 清宮さん?」と娘は嫉妬心を露にして迫り、曖昧な答えに終始する父に対して、「死んだお母さん以外のひとと結婚なんかしたら、わたし死んでやる!」と言い放って部屋を出ていく。父にも女性の影がという設定は「晩春」にもあり、さらに、それは結婚を躊躇う娘に新しい生活への出発を促すためのカモフラージュに過ぎないことも、「晩春」そのままである。

S3は、最中の餡の核にあたり、今回上演するのはこのシーンの一部である。耕作は幾人かの知人宛に絵葉書を書いていて、游子はその中の一枚を読み上げるのだが、その中身はただならぬもので。「食えぬ茸(たけ)光り獣の道狭し」という西東 三鬼の句を引用しているのだ。この句の読み上げを機に、ふたりの間には、艶めかしくさえ思える空気が漂い始める。そんな空気を遠ざけるべく(?)、父が土産物に買った東京大仏の頭を、ふたりは交互に叩きながら、軽口を叩きあう。説明書には「思いを込めて、頭を百八つ叩けば、煩悩がなくなる」と書かれていて、叩くと大仏は、「カ、カ、カ」と笑ったり、「南無阿弥陀仏」と言ったりするのだが、もちろん、こんなナイスな土産物があるはずはない。

 

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