竹内銃一郎のキノG語録

謎を投げかけ嘘をつく。 「動植綵絵」メモ⑥2018.05.07

同名の単行本に収められている「ひまわり」(而立書房 刊1991)では、90頁になっている本作。その内訳をみると、前半40頁、中盤10頁、後半40頁となっている。

前半部は、前半後半のふたつに分けられる。前半は、ふたりのガラス吹き中心の場と言ってよかろう。前回にも触れたように、ふたりは仕事をしながら、自らが犯した家族殺しを世間話風に、時折笑いを入れつつ話すのだが、劇は次のようなやりとりから始まる。

男1「それは、たたむと切った爪ほどの大きさなんだ」男2「なんだって?」男1「だけど、開けば世界が入っちまう」男2「なぞなぞだったらお断りだぜ」

今回のタイトル「謎を投げかけ嘘をつく」とは、わたしの作劇の基本形だが、この劇の、なぞなぞから始まり、そして、その答えが明らかにされないまま進行・展開するスタイルは、まさにその竹内流劇作秘法(!)を地で行くものだ。こんな調子でふたりだけのやりとりが8頁続いたところで、「アルバイト・父募集」に応募してきた男が登場し「失礼します」と声を発すると、ふたりは「顔を出すそうそう、謝っているヤツがいるぜ」「きっと後ろめたいことでも …」とからかいの言葉を投げつける。が、男はそれになんの反応もしない。両者の間には大きなガラス窓があり、男には彼らの声が聞こえないのだ。え? 彼らには男の声が聞こえているのに? まさに、ご都合主義的設定だが、ここで重要なのは、ガラス窓の存在だ。つまり観客は、この家のガラスの窓越しに劇を見ることになるのである。更に。長女のオーリガを皮切りに、次女のマーシャ、三女のイリーナ、そしてママと呼ばれる実の父、三女のイリーナと次々に登場するのだが、その光景を見ているふたりのガラス吹きは、単なる観客・野次馬の位置に留まらない。彼らはTVドラマのナレーターのように面接に来た男の内面を語ってみせ、男はそんな彼らの言葉に誘導・翻弄される、まるで猿回しと猿のような主従関係にあるかの如く。すると実の父(=放棄・父)は、ふたりに向かって「うるさい!」と怒鳴る。彼だけにはガラス吹きの声が聞こえるのだ。なぜか? わたしには分かりません。ここまでが20頁で、ここから家族たちによる男の面接試験が始まるのだが、その<問題>の中に、「リア王のラストを演じてみせる」というものがあるのだが、これはこの劇のラストシーンの伏線にもなっている。男は迫真の演技を見せて見事合格し、暗転。ここまで始まってから40頁。

明るくなると舞台は、この家の客間から彼の部屋(寝室)に変わっている。同じ日の夜。三人姉妹が次々と、他の姉妹に気づかれないよう、こっそりと現れる。みな彼に興味津々なのだ。それぞれ自らが抱える事情、あるいはこの家・家族の諸問題がここで明らかにされる。例えば、今夜の(双子の)次女・三女の誕生日パーティに、必ず出席すると電話をよこした、次女・マーシャの婚約者・アンドレイが結局現れず、彼女が不安と不満にさいなまれている、等々。もちろん、個々のキャラクターも明らかにされる。最後に登場するオーリガは、いかにも長女らしい雰囲気を漂わせながら、「おとうさまは、どうして我が家へ?」と誰もが思う疑問を投げかける。

アル・父「どこかにたどり着きたかったんですよ、きっと」オーリガ「疲れた身体をいやすために?」アル・父「いや、自分がどこから歩いて来たのを振り返り、そして確認するために」

ピンポーンと玄関のチャイムが鳴ると、ベッドに隠れていた双子のふたりが飛び出し、「きっとあのひとよ、アンドレイだわ」と叫び、そして暗転。

 

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