手・指は口ほどにものを言う? 「動植綵絵」メモ⑪2018.05.17
カール(以下、K)とグラックス(以下、兄)のふたりのやりとりから始まるこの劇は、前回にも書いたように、言葉を交わしあうふたりの組み合わせを変えながら、時折、ひとり、三人、四人の変形を交えつつ、最後は同じこのふたりのやりとりで(正確には、兄の短い独り言で)終わる。当然、舞台上に漂う空気感はその都度変り、その変化が緩急のリズムを伴っていれば、こんなに心地よいことはない。大きなくくりで言えば、S4のKが手品をご披露するシーンは、全体の流れの中では<緩>を、Kの部屋が<融通無碍>に変貌するS7は、<急>を担っていると言えよう。
次に、登場人物6人の<距離間>を見てみよう。とりあえずは、K・レイン(以下、愛人)・ヨーゼフ(以下、良人)と、兄・グレーテ(以下、妹)・ブルームフェルト(以下、刑事)に分けられるだろう。前者は愛人を、後者は妹を頂点とした、三角関係状態にあるからだ。三角関係状態にあるとは、頂点にあるひとりを他のふたりが奪い合っている状態を意味し、従って、通常の関係よりも距離・濃度・温度が、短く・濃く・熱く、愛憎の深さも尋常ではない、ということだ。だからと言って、自らが所属していない、もうひとつの三角関係者(!)に無関心かと言えば、そんなことはなく。刑事は、自らが50を過ぎて未だ独身という切ない事情を抱えているからであろう、夫がいながらKのもとにやってきた愛人を許しがたく思っており、妻に逃げられた良人も侮蔑、良人の方も、初めて会った時から刑事を<いけすかないヤツ>とバカにしている。<関係>に焦点を絞れば、Kと兄の友情(!)こそが物語の核となっているはずだ。兄がS5で愛人に急接近するのは、彼とKの熱く濃密な関係がゆえであり、最後にピストルでKを撃つのも同様の理由からだ。兄は、Kが「ハンマーを使い、ナイフを使い、ハサミを使い、ロープを使い、ピストルを使って、観客の目を欺き、心を奪うように、ぼくは、ハンマーを使い、ナイフを使い ~」と、自らの犯行を語るのだが、それはKへの愛の告白でもあるはずだ。
もうひとつ、この劇の核となっている<重要物件>にも触れておこう。これは初演の稽古中に気づいたことだが、<手>である。良人は初めて登場するS5の冒頭で、転んですり傷を負った自らの右手と妹の手とを比べながら、手についての蘊蓄を語るのだが、これだけではない。手は繰り返し何度も、この劇における自らの重要性を主張する。S1は、Kが夢の話を語るところから始まるのだが、このとき観客は、その話の内容に耳を傾ける以上に、トランプを弄びながら話すKの手・指に注目しているはずだ。愛人が現れ、Kにぼくの友人だと紹介された兄の、握手をすべく愛人に差し出されたものの、彼女に無視され行く先を失ったその手。S2の刑事の部屋では、「揉み手をする金魚か」という独り言のあとに、そんな金魚を真似て見せる刑事の切なく滑稽な手の動き。S3は、プラハの駅からKの部屋まで届けてくれたお礼にと、愛人がプレゼントしてくれたマフラーを手にして、それを見つめる刑事の姿で終わる。S4はkのステージ、彼の手・指先はフル回転する。S5では前述した箇所の他にも、良人が、兄・妹の部屋に現れた刑事に握手をと、うっかり傷を負った右手を出して握られ、悲鳴をあげるシーンもあり、最後は、失くしたと思っていた部屋の鍵が、自分のズボンのポケットに入っているのに気づき、それを取り出すKの右手の動きは、まさに手品師のそれ。S6は刑事の部屋で前シーンと同様、良人が自らの右手をじっと見ているところから始まる。またアパートの入口で転び、兄・妹の部屋と間違えて、彼は刑事の部屋に来てしまっているのだ。なぜか天敵関係のふたりは、互いに辛辣な言葉をぶつけ合ったあと、良人は兄の登場をきっかけに、いったん部屋を出るがすぐに「忘れものを …」と戻ってきて、ベッドの上にあったマフラーを手に取る。が、すぐに刑事がそれを奪い取る。これは自分のものだと言いながらマフラーを奪い合うふたりの手と指の滑稽さ。S7は、愛人が水の入ったコップを妹に手渡すところから始まり、中間の様々な手の活躍を経て、最後は刑事が包丁を手に現れて …。S8はS1同様、トランプを弄ぶKの指先から始まって、兄が上着の内ポケットから抜いたピストルの銃口をKに向け、人差し指が引き金を引き …