竹内銃一郎のキノG語録

質素にしてゴージャス!  快作「メランコリック」を見る2020.12.12

WoWoWの番組表に、去年のアチコチの映画祭で様々な賞を受賞したとあって、一か月ほど前に録画しておいたのだが、「さいごのきゅうか」の準備で暇もなく、なにより最近はどんなジャンルでも受賞作=愚作であることが大半なので、ずっと見ないでいた「メランコリック」。3日前の夕方、ポッカリ時間が空いたので、いつものように、最初の10分ほど見て詰まらなかったらすぐに消去をと思ってこれを見たのだが …。

始まりの数分間がよく分からない。夜の住宅街の細い道路に長髪・髭面推定36歳の貧相な男が立っていて、車がやって来ると、次のカットでは、その男は後部座席にいて運転席には短髪髭面推定年齢48歳の高級な(?)スーツを着た男が。短髪が長髪になにやら話しかけると、長髪はポケットから小さなビニール袋に入った何かを手渡す。クスリだったのだろうか? 次のカットでは長髪くんがさっきとは別の小型バン後部の荷物席で、顔が映らず誰だか分からない男に痛めつけられていて、反撃するも実らず。次のカットは銭湯の洗い場らしきところに長髪くんがひとり不安そうな面持ちで座っていると、おそらくさっき彼を痛めつけていたであろうこれまた貧相な髭面がナイフで長髪くんを刺し殺す。と、次のシーンは、黒い床(?)をモップが前後に動いていて、次にそのモップで掃除をしている、不機嫌かつ鬱的な顔の長身・痩せ型で眼鏡をかけた若者が登場し、次のシーンで彼は自宅の食卓で両親と一緒に夕ご飯を食べている。ここまで来ると、彼がこの映画の主人公であろうことは分かったのだが、冒頭の<事件>及び人物たちと彼との接点はあるのかどうかは分からない。

昨日再見し、今日またこれを書くべく前記の冒頭部を見てまた少なからずの驚きが。食事をしながらのさりげないと思っていた会話の中には、母親は彼のバイト暮らしに心配していることが分かり、その後のシーンの、主人公が食事のあと自室で見ていたスマホに映っていた男が、この後に登場する高校時代の同級生であったことが3度見てやっと分かったのだ。つまり、冒頭の<殺し>に気をとられてわたしが素通りしてしまった、ただの繋ぎと思われたカット・シーンにもちゃんと物語の展開に必要な情報が含まれていたのである。「質素にしてゴージャス!」という今回のタイトルは、ここからきている。とにかく、無駄な台詞、カット・シーンがほとんどないのだ、こんな映画はわたしの記憶には他にない。そうか、いま気がついた。長髪・短髪の車の背後に一台の車が停まっていて、運転席の男の頭の上部だけが映っていたのだが、あれは長髪くんを殺した男だったのだ!

前述の自室シーンの後、母親から風呂の湯を流してしまったと言われて、彼は近所の銭湯に行き、湯上りの後、脱衣所でジュースを飲んでいると、高校時代の同級生女子と卒業以来の再会をして、ふたりのやりとりから彼は東大の卒業生であることが分かり、彼女から近々同窓会があることを知らされ …。ここから物語は明快な作動を示し、驚くべき展開があれよあれよと続くのだが、これ以上は書かない。いや、ワンシーンだけちょっと。主人公と一緒に銭湯に就職した若者が<殺しに出かけ>ヤクザらしき5,6人の男を、幅1メートルあるかないかの狭~いところで、すべて殺してしまうシーンがあり、コ、これにはビックリしたなあ、もう! 以上。

監督の田中征爾をネット検索したら、以前に芝居にも関わっていたらしいことや、驚くべきことに、普段は映画製作とは直接関係のない仕事をしていて、この映画の撮影も一か月土日のみの10日で終わらせて、月~金は普段の職場で働いていたのだとか。凄いな。この映画の製作費はおそらく多くて数百万かと思われるが、その<厳しい現実>とこの映画で表現されている<厳しすぎる現実>が見事に見合っていて、このこともこの映画の素晴らしさと監督の才能の<凄さ>を感じさせたのだ。マイッタ。

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