竹内銃一郎のキノG語録

ああ。出るのはため息ばかりだ。  中川さんの訃報を知って2014.10.19

今日も朝から競馬。火曜日の大逆転劇の余勢をかって、という目論見は当然のように取らぬ狸で。カッカしてるところに姪からメール。昨日の夜、見事にスイープされた巨人をあざ笑うメールがこの姪から届いていて、まだ言うか! と、開いてみたら中川さんが亡くなった、と。そんな馬鹿な。

中川さんは竹内組の準レギュラーの女優さんだった。もちろん、わたしが勝手にそう思っていただけだけれど。わたしの作品に3本出演していただいている。

1本目は「東京大仏心中」。いま調べたら92年につくられているからもう20年以上も昔だ。これは「東京国際演劇祭」からの依頼に応えて作られたもの。東京を舞台にしたもの、という要請があったのかどうか。東京の板橋に怪しげな(?)「東京大仏」という大仏があり、ここを舞台に芝居をとずいぶん以前から考えていて、渡に舟と書いた。中身は、小津さんの「晩春」を下敷きにしたもので、父と娘のふたり芝居だ。映画では笠智衆が演じた父役は、「榎本武揚」でご一緒した折り、小津ファンであることを聞いていた佐野さんに依頼し、快諾。原節子が演じた娘役は、やっぱりきれいでなおかつ気品のあるひとでないとと、中川さんを第一候補に挙げて、お願いしたらこれまた快諾。この時が初対面。彼女はまだ20台後半。でも、年齢よりもずっと若く見え、いつも小さなリュックを背にやって来る中川さんは、学生みたいで可愛かった。うーん。思い出すと泣けてくる。この稽古中に、中川さんは婚約発表をされて、わたしは相当ショックを受けて …。まるで昨日のことのようだ。

2本目は、99年にJIS企画でやった「ラストワルツ」。これはヴィスコンティの「家族の肖像」を下敷きにしたもので、中川さんは、広岡(由里子)さんと世界一似てない双子の、お姉さん役。お母さん役は鰐淵さんで、おふたりともハーフだからこれ以上ないキャスティング。3本目は、これもJIS企画で02年に発表した「今宵かぎりは …」。舞台は1920年代のパリ。詩人の金子光晴をモデルにした役の佐野さんの、中川さんは奥さん役で、こっちのモデルは作家の森三千代。岡本(健一)くんが、画家の佐伯祐三をモデルにした役で、この三人の三角関係がお話の軸になっている。これは、新国立劇場の杮落とし作品として書き、この3年ほど前に中川さんのご主人である栗山民也さん演出で上演されていた。この時にも、奥さん役は中川さんがいいんじゃないかと思っていた(栗山さんに提案した記憶もあるが)。わたしが演出することになって、中川さんをキャスティングすると、栗山演出批判ととられるのじゃないか、中川さんも出演を躊躇うんじゃないかと危惧もしたのだったが…。

「東京大仏心中」のときだったか。中川さんに、「もう少し年齢を重ねたら、中川さんはマクベス夫人をやったらいい」と言ったことがあり。それから10数年が経ち。わたしはもう芝居をやめますと、その年の年賀状に書いたら、これは共通の知人の多分、音響の藤田くんから聞いたのか、中川さんが、竹内さんはそういうひとでしょ、やめると言ったらやめるのよ、でも、わたしと「マクベス」やると約束したはずなんだけどな … と言っていたらしく。

以前に書いたブログの改修工事をしていて、やけに訃報が多いぞと思っていたら、まさかこんなことになるとは。

中川安奈さん、いいひとだったな。なんで死んだのか。ああ。出るのはため息ばかりだ。

一覧