竹内銃一郎のキノG語録

犬のように歳とってるんじゃないかと思った 2016.08.10

オリンピックが始まったと思ったら、追いかけるように高校野球が始まり、さらに、天皇の生前退位を示唆する<お言葉>が明らかにされ、そして、イチローの大リーグ3000本安打達成である。これらニュースラッシュの合間に、HDDに溜まっている映画も見なければいけないから(?)、連日24時間TVに釘付け状態。というのはオーバーにしても。かてて加えて、連日の灼熱地獄である。大丈夫かな、わたしの体は。

いや、わたしの体などどうでもいい(ことはないけれど)。危ういと思うのは、高校野球やオリンピックを伝える<報道の言葉>の均一性である。どのチャンネルのどんな番組の誰の言葉も、ありきたりの感謝・感動一色で塗りつぶされている。これは、先の都知事選や参院選挙、あるいは、犯罪・事件を扱う場合においても、もちろん色合いは違うが、均一であることにおいては同じであった。明らかに冷静さを欠いている。

エンケン氏の最新CD「満足できるかな デラックス・エディション」(復刻版)を聴く。ライナーノートに、わたしがブログに書いたエンケン氏に関する文章が転載されているので(ブラボー!)、送ってくれたのだ。その中の「カレーライス」の次なる歌詞にドキッとする。

僕は寝転んで テレビを見てるよ  誰かがお腹を切っちゃったって  ふーんとっても 痛いだろうにね

以前にも書いたが、これはわたしが若い頃、ギターを弾きながら、暇にまかせておそらく何百回と歌ったはずの曲だが、半世紀近く経った今頃になって、この<お腹を切った誰か>とは、三島由紀夫であったことに気づき、それで驚いたのだ、自分のあまりの愚かしさをも含めて。

1969年末に起きた、この「三島切腹事件」は、もちろん当時の世間を揺るがすような大事件で、当日の夕刊は当然のように一面でこの事件を取り上げたのだが、ただ一紙、東京スポーツだけが、一面に「猪木流血」の記事を載せ、そのことにわたしはそれこそ<感動>したのだった。大勢に流されないその独自性が凄いと。同様に、エンケン氏もそのニュースをテレビで知って、「ふーんとっても 痛いだろうにね」と歌っている。この冷静さはどうだ!

<個性的>だの<多様性>だの<開かれた○○>などという言葉が、疑う余地のない価値として語られている一方で、いざとなれば、市民・国民・マスコミが一致団結してオラが国オラが故郷の選手たちに声援を送り、あるいは、美辞麗句で褒めたたえ、その一方で、ゲスくんだの、マスゾエなどにあらん限りの罵倒の言葉を浴びせかけ。自らの均一性を危惧し、恥じらい・ためらいを感じるどころか、<あなたもわたしもみな同じ>であることに喜び、高揚感さえ感じているかのようだ。身体に障るほどの連日の猛暑だが、もっと危ないのは、ナショナリズムへの過度な傾斜を招きかねない、善良なる皆様方の熱すぎる声援だ。

やっぱりイチローだな。オリンピックの勝者も敗者も例外なく誰もが似たような言葉を繰り出す中で、イチローだけはいつものように、今回の快挙を独自の言葉で語っている。今回のタイトルは、3000本安打を達成したあとの記者会見で、あと1本がなかなか出なかったときの心境は? という質問への彼の返答である。なんて涼しい!!

 

 

 

 

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