竹内銃一郎のキノG語録

「月ノ光」の基本構造 「動植綵絵」メモ⑩2018.05.15

「月ノ光」は、池内紀氏の「恋文物語」をヒントに、1919年にチェコ・プラハで起きていた連続殺人事件を、F・カフカが解明していくというアイデアが浮かび、こういう話はどうでしょうと、制作の大矢さんも交え、佐野さんに話したのだったが、他の俳優を軸にするものであったら、このアイデアを具体化しようとは思わなかっただろう。佐野さんなら「カフカ風」を理解し面白がってくれるはずだという確信があったからだ。

クレーの絵と言葉をモチーフにした「チュニジアの歌姫」、ヴィスコンティの「家族の肖像」+アンゲロプロスの「永遠と一日」の変奏曲と言っていい「ラスト・ワルツ」、劇中でマン・レイの名が何度も繰り返される「マダラ姫」と、これらJIS企画での上演作品はいずれも、その分野に通じている人なら誰もが知っている、わたしが敬愛する画家・映画監督へのリスペクトを込めたものだが、知らないひとはまったく知らず、知らない世界だからこそ覗いてみたいと思ってくれたらいいのだが(小日向さんのように?)、少なからずの<知らない人>は、知ろうともしない<素人>と呼ぶほかないひと達だ。「月ノ光」は、カフカの小説・日記・手紙から多くの引用をしているが、だからと言って、カフカに通じてなければ理解不能というわけではなく、逆に、俳優がカフカ好きなら、高度な演技が可能になるというわけでもない。しかし、佐野さんのように、前述した作家・作品について豊富な知識や旺盛な関心を備えている俳優が、座組の中心にいたお陰で、難解かも? と思うことでも勇気をもって書くことが出来、演出の現場でも、そんな彼の存在がわたしに刺激と緊張を与えてくれたのだった。やっぱり。無知なるひととの仕事は難しい、というか、正直、楽しくはないのだ。せめて己の無知を恥じ入る奥ゆかしさでもあればいいのだが …

おい、「月ノ光」の話はどうなってんだ。はい、今すぐ …。

登場人物は、K(カール)、Kの隣の部屋に住むグラックス(セールスマン)、彼の妹のグレーテ(俳優志望)、グラックス兄妹の上の部屋に住むブルームフェルト(刑事)と、ここまでは同じアパートの住人で、他に、Kを追いかけてウィーンからやってきたレイン、そのレインを追いかけて来た夫のヨーゼフ(銀行員)の計6人。この6人がみな、他の5人のいずれかと二人きりで話し合うシーンがあり(計15通り)、その順列組合せがこの戯曲の骨格となっている。ABのシーンにCが現れ、ABCのシーンになったかと思う間もなく、Aが抜けてBCになり、と思ったらDが現れて …という風に。

シーン数は八つ。Kの部屋から始まって(S1)、S2、3はブルームフェルトの部屋、S4はKが手品をご披露するステージ、S5はグラックス兄妹の部屋、S6はブルームフェルトの部屋で、S7はKの部屋のはずだが、ブルームフェルトの部屋にいたはずのヨーゼフが、部屋の奥から現れて入口のドアから消え、そして、自分の部屋に戻ったはずのブルームフェルトも台所から包丁を持って現れるという、融通無碍の部屋(?)となるが、S8になるとフツーの(?)Kに戻る。当然、場が変わるたびに暗転となるが、明るくなって別の場(部屋)に移っても、部屋の様相はほとんど変わらない。同じアパートだから部屋の作りも同じ、という設定になっているのだ。だから、S7のような、ありうべからざる混乱が起きても、それは当然・必然でしょ、というのが竹内流。

 

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