竹内銃一郎のキノG語録

大機知で大吉! 「パターソン」を見る②2018.11.15

「パターソン」は舞台になっている実在の街の名前であるが、主人公の名前もパターソン。また、バス運転手である彼を演じた、アル・パチーノを間延びさせたような容貌の俳優の名が、なんとアダム・ドライバー。Wっているのはこれだけではない。始まりの月曜の朝、ベッドから起き上がったパターソンに、遅れて目覚めた妻は明け方に見た夢の話をする。それはふたりの間に双子の赤ちゃんが出来る、というもの。あたかもその予見(?)に導かれたかのように、次々と老若男女の双子が登場するのだ。なんてお洒落でふざけた、機知に富んだ映画だろう。バスの乗客、路上のベンチでひと休みする高齢ツイン等々、合計8組くらいが。その中でもっとも際立っているのは、10歳くらいの少女の双子。パターソンが仕事を終えて家に帰る道すがら、人通りの少ない街角のベンチに座ってなにか書き物をしている少女と出会う。彼がひとりかと訊ねると彼女は、そこで買い物をしている母親を待っていると答える。「なにをしてるの?」「詩を書いてるの」「ひとつ読んで聞かせてくれる?」と彼の要望に応えて読まれる詩に彼は心打たれる。と、ふたりから少し離れたところにある車に乗り込もうとしている、彼女とそっくりの少女と彼女(たち)の母親と思しき女性。その女性が呼ぶ声に詩人・少女は応えて、ふたりの方へ走り去る。詩を媒介に性差・年齢差を超えて出会った、見知らぬふたりの至上の時間はあっという間に過ぎる。

詩を媒介にした出会いは相手を変えて、もう一度終盤にある。事件はなにも起こらないと繰り返し書いてきたが、むろんそれは通常の物語を想定してのことで、主人公・パターソンにとっては<哀しすぎる大事件>が最後に用意されているのだ。土曜日。奥さん手作りのカップケーキが週末のバザーで完売し、そのお祝いにふたりは外で食事をし、その後、映画を見に行く。そして上機嫌で家に帰ってくるのだが、なんと家の床に紙屑が散乱していて、それは愛犬が、自分だけ置き去りにされたことへの仕返しなのか、パターソンの詩を書きためたノートを食いちぎった痕だったのだ。翌日の日曜。呆然と、われを忘れたかのようにうつろな彼は、滝が見える公園に出かける。そこで<日本の詩人>と出会うのだ。二言三言ことばを交わすうちにふたりは親密になり、大阪に帰るという日本の詩人は別れ際、あたかもパターソンに起きた哀しみの事件を知っているかのように、白紙の<秘密のノート>を手渡すのである。繰り返される、見知らぬ者との驚きの出会いとそれがもたらす至上の時間の到来。まるで連続で大吉のおみくじを引いたような、大吉ならぬ大機知な映画!

どこかで会ったことが? と思っていた妻役の優雅でチャーミングな女優さん、ネットで検索したらなんとアスガル・ファルハーディの傑作「彼女が消えた浜辺」(2009年公開)で主人公を演じたひと。彼女は消えておりませんが。検索してさらに驚いたことが。バスの乗客で、イタリアの過激なアナキストの話を楽しそうに話している、無邪気そうな分アブナそうな男女の学生を演じていたのは、なんと、わたしの大好きな映画、W・アンダーソンの「ムーンライズ・キングダム」で恋の道行きを敢行する、主人公の少年・少女だったのだ。ウヒョー! 大吉!!

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