竹内銃一郎のキノG語録

星3つですッ!2019.12.11

わたしがいま住んでいる京都は、改めて言うまでもなく、古い寺社があちこちに立ち並ぶ、世界的な尊き観光都市だが、冬だというの夜空にほとんど星が見えない、なんと味気ないことか。夜、ベランダでタバコを吸うたびに空を眺めるのだが、今までわたしが見た星の数の最大が、なんと三つなのだ!

本日、劇団座☆名張少女というところから、「檸檬」の上演許可願いが届いた。この作品は1976年に「少年巨人」で斜光社を旗揚げして5作目で、上演された1978年の雑誌「新劇 9月号」に掲載、初めて活字化されたものである。こんな大昔に書かれた、作家のわたしですらもう何十年も読んだことのない戯曲を、世に数多溢れる戯曲の中からピックアップし、上演していただけるなんて。ありがたやありがたや。

「檸檬」が外部で上演されたのは、この年の9月だか10月だか。雑誌が発売されて間もなく、東京の女子高生から上演許可願いが届き、もちろんふたつ返事でOKし、高校の文化祭での上演を喜び勇んで見に出かけたのだった。自分の書いたものが初めて知らないひと達の手になること、そして、出演者がみな高校の演劇部員ではなく、おそらくクラスの有志であろう初々しい女子高生であったからであろう、その観劇の感激は40年経ったいまでも忘れられないものとなっている。主役を演じた、上演許可願いの手紙をくれた彼女が、おそらく父親のものであろうスーツを着て登場した時、そのあまりの可愛さと凛々しさにわたし、胸がキューンとなり。まさに星3つでした。

今でも文化祭でクラスの有志達がお芝居を上演するなんてことやってる高校なんてあるのだろうか? あったとしても、活字化された戯曲ではなく、その大半は自分たちで漫画やアニメをアレンジして上演してるのではないだろうか。大学生の7~8割が一年間に本を一冊も読んだことのないというのだから、高校生においておや。それにしても。演劇との関わりのない高校生が演劇雑誌を手に取り、その中で見つけた戯曲を上演するなんて、いまはもう、「針の穴をラクダが通り抜ける」ほどの、ありえない奇蹟だ。

先週、NHKBSでお昼に放映された「キューポラのある街」を見る。紛うことなき傑作。見るのはおそらく今回で3度目くらいか。公開されたのは1962年で、その時わたしはまだ中学生だったから、初めて見たのは大学生の時だろう。主演は吉永小百合。学年ではわたしよりひとつ年上の彼女が、小学生だった頃に出演していたTVドラマ「赤胴鈴之助」「まぼろし探偵」は欠かさず見ていて、その頃からわたしは大ファンだったが、この映画を見てさらにファンになった。だけど、今はもう …。

この映画を見た頃、わたしは埼玉の与野に住んでいて、この物語の舞台も同じ埼玉の川口だったことも共感に拍車をかけたのだろう。彼女の父親は鋳物工場で働いていた職工だったが、足のケガがもとで首になり、それまでもひっ迫していた生活がさらにひっ迫、にもかかわらず親父は朝から晩まで酒を飲み、わずかな退職金も博打で使い果たし、そのことに抗議する家族を罵倒し張り倒しと、まあ、最高級のDV親父だ。しかし、中学生の彼女は夜、パチンコ屋でバイト、小学生の弟は伝書鳩の売買で家計を支えんとする。こんなバイタリティ溢れる家族の話に、ふたりの友人である在日朝鮮人姉弟家族の北朝鮮行きの話が絡んで、笑いあり涙あり、息つく暇なく物語はダイナミックに進んでいく。「貧困」は創作の宝物だという思いを痛感。物語の設定が微妙に重なる「万引き家族」とは月とスッポン。そう思ったのは多分、「万引き~」には貧困の「ヒ」の字も感じられなかったからだろう。

あ、そういえば、冒頭で紹介した劇団座☆名張少女は、川口の劇団だった。なんでしょ、この偶然?!

 

 

 

 

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