竹内銃一郎のキノG語録

グルーブ感! 「坂本龍一 音楽の学校」でお勉強 2011.01.06

アラ、二日前に書いた原稿がない。せっかく映画「ジャックの刺青」と大和屋脚本の凄みと楽しさを書いたのに。保存しなかったのか?
「坂本龍一 音楽の学校」を見る。教育テレビで。バッハ篇、ジャズ篇、ロック篇、それぞれ30分×4回。各回、半分は坂本と研究者もしくはミュージシャンとの対談(鼎談)、残り半分が小中高校生相手のワークショップという構成。
わたしは音楽に関してはほとんど無知なので、とても勉強になった。バッハの音楽は当時のダンスミュージックだったこと。ジャズのモダンからフリージャズに至った筋道、坂本らYMOの実験性等々。
音楽は楽器という自らのスキルの程度を推し量る計器があるから、自己過信を許さない。だからだろう、坂本なども先人の仕事にとても敬意を持っている。
また、子供たちとのセッションも、耳を疑うほどの素晴らしさ。数十人の子供=素人とプロ中のプロが一緒に、フリージャズやってた! フリージャズだから、もちろん即興。凄い凄い。芝居でもあんな風に出来たらな、と。必要なのはスキルと知性と、なにより意欲ですな。

 
チャンドラーの「大いなる眠り」「リトル・シスター」読了。後者は村上春樹の新訳だが、これがイマイチ。チャンドラーの小説には、クズみたいな人間しか登場しないが、ハルキ訳には、このクズ感、腐臭感、汚濁感がないのだ。前者の双葉十三郎訳は、当然のように古めかしく、おまけに怪しい日本語が頻発するのだが、にもかかわらず(だからこそ?)不思議なグルーブ感があって、ワクワクさせられる。 そうだ、坂本教授もグルーブ感はズレから生まれると言っていた。
表現は、正確ならそれでいい、というわけではないのだ。

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