竹内銃一郎のキノG語録

過去はもう終わったことなのよ 「プロフィール」への疑念2010.05.27

昨日もつい書いてしまったけど。カネフスキーは国際的な賞をいっぱい貰ってるって。つまり、それほど凄いひとなのだ、ということを知らないひとのために、こう書いた、と。でも、それは過去のこと、終わったこと。そもそも賞を貰うってそんなにエライことかって話なんですが。
言うまでもなく、肝心なのはそのひとが過去になにをしたかじゃなくって、いまなにをしていて、これから何をしようろしてるかってことだ。でも、現在は進行中だし未来はよく分からない。過去はもう止まって動かないから測定がしやすい、と。だから多くのひとは、過去の履歴でもってそのひとを評価する。
高校演劇の審査などに行くと、顧問の先生からよく、「学生時代、竹内さんの芝居よく見てました。本も持ってます」なんて言われる。嬉しくないわけはないけど、気持ちは複雑だ。だって、それ昔の話でしょ、最近は全然見てないわけでしょ、昔と違ってますよ、いまのわたしは、ってそういう気持ちがあるから。
プロフィールなんて言うと、まあ、何年になんとか賞をもらった、なんて書く。もちろん、書かなければいけないわけじゃない。だけど、それ書かないと規定の文字数を埋めるのに苦労するし、書いてしまう。なんか自慢してるみたいで嫌な感じだけど。いや、結局自慢してるわけだ。あなたたち知らないかもしれないけど、俺、昔、結構ぶいぶい言わせたのよって。
言うまでもなく、賞を貰おうと貰うまいと、カネフスキーに対するわたしの敬意は変わらない。言いたかったのはそのことで。それから、彼の映画は過去に終わったものではなく、いまでも進行中であること。いつ見ても新しいのだ!
どうでもいいけど、若い子相手に自分の若いころの苦労話をするひと、ろくなもんじゃない。だってそれ自慢でしょ。あんた、もう終わってるよ、悪いけど。

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