いかん、岩松さんに泣かされてしまった。 映画「ペコロスの母に会いに行く」を見る2014.12.19
森崎東は、現存の映画監督に限れば、新作をもっとも待ち望んでいた監督だ。しかも。去年、Eテレで放映されたドキュメンタリーで彼が認知症であることを知り、なおかつ、撮影中の新作が認知症の老人を主人公にしたものだというので、公開を心待ちにしていた。が、ひとつひっかかっていたことがあって。それは、認知症の母親を介護する息子役が岩松さんであること。もちろん、岩松さんが嫌だというわけではなく、禿頭の岩松さん? 正視出来ないよ、と思ったのだ。なぜ? なんとなく恥ずかしいというか …、白けるんじゃないかとか。結局、映画館には行かず、今朝、眠気覚ましに(?)WOWOWで放映されたものの録画を、やっと見たのだった。
意外にも、というのは失礼なのかもしれないが、その岩松さんがとてもよかった。禿頭もまったく気にならず、というより、あまりにピッタリ、しかもチャーミングなので、笑った。前に会った時にこの映画の話になって、ギターの練習をしろって云うからしてたのに、映画で全然使ってくれなくてと愚痴っていたが、ちゃんとライブのシーンもあり、ノリノリで歌ってた。
この映画を支持するひとの多くは、おそらく、認知症の母の混濁する意識の中に現われては消える彼女の過去の話に感動したのではなかったか。もちろん、それはそれで感動的なのだが、わたしは、母親の介護をする息子の奮闘振りが切なく、母親に「あんたは誰?」と云われ、もう自分のことも分からなくなったのかと落胆する息子=岩松さんに泣かされた。
岩松さんを初めて見たのは東京乾電池の「台所の灯」で、乾電池の芝居を見るのもこれが初めてだった。それはそれまであまり見たことのない種類の芝居で、わたしは相当なショックを受けたのだったが、中でも、黒人の大工役(でよかったのかな)の、常にヘラヘラと笑っている蛭子さんと、どういう役だったのかもう記憶にないが、ひとりだけ妙に生々しさを感じる俳優になにやら胸騒ぎを覚え、それが岩松さんだった。あとであのひとが作家だと聞いて、得心した。ことばとの距離が他の俳優達と明らかに違ったのだ。30年ほど前の話である。
先のシーンに落涙してしまったのは、もちろん、お話自体も切ないからだが、おそらく、ああ、あの(まだ若かった)岩松さんがこんな役を演じる年齢になったのだという、ストーリーには関係のない、ある種の感慨に襲われたからだ。
いや、ストーリーと関係なくもないか。この映画には懐かしい俳優さんが多数出演している。母親役の赤木春恵は、最近東映チャンネルで見た「一心太助」で、大久保彦左衛門の家の女中頭をやってるのを見たばかり。50年近く前の映画だからもちろん若い。彼女の妹役の島かおり、長内美那子は、若かったわたしが胸ときめかせた美人女優で、赤木の若い頃を演じた原田貴和子は、映画化は叶わなかったが、わたしがシナリオを書いた「山中貞雄」のヒロイン役にと強く推した女優さんで …。認知症の母親の脳裏に古い記憶が甦るように、これら懐かしい俳優さんたちが次々と登場するたびに、わたしの古い記憶も甦り、その頂点(?)に位置するのが多分、岩松さんだったのだ。
ああ、時は流れたのだ、いつの間にか。