竹内銃一郎のキノG語録

舞台上であえて横になる勇気  俳優・豊川潤のこと2015.01.09

久しぶりに元の勤務先に行き、3年生の発表会の通し稽古を見せて貰う。これが、想像していた以上に厳しいもので。

芝居はみるという。聞くとは言わない。みるは観ると書く。辞書をひくと、「観」とは「示す、見比べる」それに、「見方、考え方」という意味があるという。即ち、俳優とは観られるひとということであり、自らの考えを示すひとだということだ。出演した学生たちには多分、この基本的な認識が欠けている。厳しい言い方になるが、基本認識=根っこがない(間違ってしまってる)のだから、花など咲こうはずがない。

みな、舞台俳優の基本中の基本である、立つ・歩く(移動する)ということが満足に出来ない。おそらく、俳優とは台詞を喋るひと・語るひとだと思っているのだろう。だから、そっちの方にばかり意識がいって、立つ・歩くにまで意識が回らず、結果、台詞に鼻先をつかまれて振り回されているような、無様なことになってしまっていた。

俳優の程度を測るのにとても分かりやすい物差しがある。それはモノの受け渡しだ。相手が受け取りやすいように渡すには、相手が渡しやすい受け取りの構えは、どうすればいいかという意識の有無で「程度」が分かるのだ。近代劇は、ダイアローグ、すなわち台詞の受け渡しによって構成されているから、モノの受け渡しに意識を介在させえない俳優は、当然のことながら、台詞の受け渡しもうまく出来ない。

出演者の中には、わたしの実習授業の受講者の何人かとDRYBONESに在籍していた学生もいて、上記のことはもちろん授業・稽古中に何度も口を酸っぱくして言ったことだが、それが成果に結びつかないのが、なかなか辛い。学習能力が低いというより、多分、わたしの言っていたことの意味・重要性がよく理解出来なかったのだろう。腑に落ちていないことは身につかないのだ。

あるいは、こういうことも言える。自らに課題があって、その課題をクリアする方法・道筋を示されれば、なるほどと腑に落ち、いわゆる「一を聞いて十を知る」ことになるはずだが、そもそも課題がなければ、なにを言われたところで腑の落ちようがないのだ。俳優に限らず、必要とされる才能は、課題をクリアする能力ではなく、課題を発見し、自らに課す能力だ。残念ながら、彼等にはその肝心要が欠けている。まあ、巷に溢れる俳優を自称する人々の大半は、彼等とさほどの違いはないのだが。

柏木博の『探偵小説の室内』の次の一節に触れ、豊川(潤)のことを思い出した。

「あら眠っているの」「起きているんでしょう」「なんだまた死んだふりか」と妻が話しかける。ゴロリと横になる(臥床する)ことが小川のもっとも好む行為である。「臥床」は、人間の行動の中でもっとも単純なものであり、あらゆる行動を捨て去ったミニマムなものだといえるだろう。何もない室内での臥床が小川の存在を特徴づけていたのだ。

これは、タイトルには「探偵小説の」とあるが、探偵小説ばかりではなく、種々の小説や映画や漫画を素材に、そこに描かれた「室内」について書かれたもので、引用したのは、「何もない室内」というタイトルで、つげ義春の『退屈な部屋』をとりあげた章の一節。小川とは、作者のつげとおぼしき売れない漫画家。彼が、家から歩いて10分のところに狭い一部屋を借り、日中はそこでぼんやり過ごしていたのだが、ある日、それが妻に発覚し …、というお話。

豊川は、80年代半ばに3本上演して解散した「桃の会」の同人で、当時は旧真空艦という劇団の主要メンバーだった名優。なぜ上記の文章から彼を思い出したのかというと。

「桃の会」としては二作目の「東京物語」の稽古中のこと。これは、刑務所に入れられているおかまが同房の革命家の要求に応えて、夜な夜な、映画「東京物語」を語りながら、ともにいかにして脱獄するか、脱獄した後ふたりはどうなるかを夢想するお話で、舞台にはふたつのベッドが置かれている。

劇の始まりの時点では、二人はそれぞれのベッドに横になっているのだが、話の進行に従って、ベッドから起き、そして脱走を試みるために動き出し、という展開になるのだが、革命家役の豊川はなかなか起き出そうとしない。3場でも。ふたりは見事脱走に成功し(もちろんこれは夢想・妄想の中の出来事)、おかまの叔母さんの家にかくまってもらっているのだが、ふたりはやはりベッドにいて、叔母さんが警察に通報しているのではないか、逃げようという話になっても、豊川は横になったままなかなか起き出さない。おかまの友人の部屋という設定になっている4場でも同様。「豊川、この台詞で起きてくれる?」と言っても、「もう少しこのままでいたいんだけど」と言って起き出さない。最初はわたしも、その「だらしない体・状態」にイライラしていたのだが、そのうち、「これもありか」と思い直し、そのうち「これは凄い芝居ではないか?」と断然肯定に変わったのだった。

なぜ心変わりしたのか。それは多分、先に引用した「『臥床』は、人間の行動の中でもっとも単純なものであり、あらゆる行動を捨て去ったミニマムなもの」だと、その時わたしも思ったのだ。この芝居の大半の時間を、豊川はベッドで横たわって過ごしたのではなかったか。病人役ならともかく、舞台上で横になってる様は、先にも書いたように無様・無防備と言うほかなく、フツーの俳優は好んでこんな選択はしない。少なくともわたしは、これ以前も以後もそんな芝居・俳優を見たことがない。小川が「退屈な部屋」で「臥床」に終始出来たのは、誰にも見られていない「自由」があったからだ。

俳優=観られてしまうひとであるはずの豊川に、あえて「横たわる=無様かつ無防備なからだ」を選択させた理由も、多分、先の引用部分と同様のことを考えていたからだろう。「いかに演技を単純化させるか」。これが俳優としての彼のテーマ・課題だったと思うからだ。

こんな風にも考えられる。彼は、人間(のからだ)がいかに無様なものであるかを分かっていたのだ。大半の俳優は、それを意識するしないにかかわらず、その無様さを隠そうとし、なおかつ、いかにカッコヨク見せるかが俳優の仕事だと思っているはずだが、それは間違っている、無様なものをいかに無様に見せるかが、俳優のなすべきことだと考えていたのではなかったか。

この時の豊川の芝居は、目からウロコといってもいいもので、俳優・演技・芝居に関する考え方の大転換を促す、わたしにとって「衝撃的事件」だったのだ。

 

 

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