これがひとの顔、ひとの声 「むかし男ありけり」を見る。2015.01.19
タイトルにある作品は、30年前に作られたTVドキュメンタリーで、先の日曜、CSのTBSチャンネルで放映された。作家・檀一雄の晩年の足跡を追ったもので、健さんが、檀が一年ほど暮らしていたポルトガルの港町・サンタクルスへ行って、町の人々にいかに彼が愛されていたかを確認したり、あるいは、檀の母、担当していた編集者、飲み屋の女将(愛人?)等々、檀にまつわる様々な人々に会って、話を聞いている。
健さんの佇まいがいい。芝居をしているわけではないが、かといって、ただの取材者として話の聞き役に徹しているわけでもなく、まさに、虚実の間を往ったり来たりという按配がカッコイイのだ。登場する人々の表情も素晴らしい。男も女も老いも若きも、ポルトガル人も日本人も、ちゃんと生活をしているひとはみないい顔をしている。
ところどころで、檀の文章を読む健さんの声が入る。これがまたいい。とりわけ、終わりの方で読まれる「娘達への手紙」が。人生には早く絶望した方がいい、とか、でも、哀しみを享楽とするようなたくましさを持てといった内容もさることながら、やはり、これを読む健さんの声、というか、まあ、読み方ですね、これが素晴らしい。やくざ映画で仁義をきる時のように、一音一音(一語一語ではない)に気を込めて読むのだ。そして、バックに流れるファドの哀切なメロディと歌声がまた。ファドは世界でいちばん哀しい音楽でしょとよく言っていた大和屋さんの思い出も重なって、わたしはハラハラと落涙してしまった。
全編にわたって、歌と笑顔が溢れていながら、緩むところのない傑作を作ったディレクターは、RKB毎日に在籍し、ドキュメンタリーの鬼才と呼ばれていたらしい(わたしは知らない)木村栄文(故人)。
最後に、前回の一部訂正を。「小さなおうち」の登場人物のひとり、倍賞千恵子が演じたタキ婆ちゃんの現在の年齢を「90に届こうかという」と書いたが、これはあまりに愚かな計算間違い。1930年に18歳なのだから、彼女が亡くなった年がいつなのか定かではないが、仮に2010年だとしたら、98歳になっている。前回にも書いたように、倍賞はとてもそんな歳には見えないが、台詞で「100歳まであと二年か。嫌だ嫌だ」とか、年齢を明らかにしておけばなにも問題はなかったのに。なんという作りの緩さ!