竹内銃一郎のキノG語録

バラ色の人生   イスラエル映画「ジェリーフィッシュ」を見る①2015.05.19

昨日は一日涼しい風が吹き、絶好のランニング日和だったが、お昼を過ぎ、2時3時になってもなかなか出かける気分になれず、HDDの映画を見ることにする。HDDはもう満杯状態だ。ドンドン見て、詰まらないものはサクサク消去していかなければいけない。のんびりしてはいられない。

WOWOWでは毎年、この時期に開催されるカンヌ映画祭にちなんで、過去の受賞作が10本ほど放映される。昨日、若干触れて今日はその続きを書くつもりだった「リアリティ」もその中の一本。HDDに入っている未見の作品の中では、「彼女が消えた浜辺」「別離」を撮ったアスガル・ファルハーディの「ある過去の行方」がもっとも気になるのだが、上映時間が130分と長く、HDDの中でもっとも短いというただそれだけの理由で、2007年にカンヌのなんとか賞を受賞したらしい、上映時間90分の「ジェリーフィッシュ」を見る。これが!

とんでもない衝撃を受ける。腰が砕けて立ち上がれないほどと言ったらいいのか、背筋がシャキッと伸びて、伸びすぎて戻らなくなってしまったといったらいいのか。なんの予備知識も期待感もなく、いうなればノーガード状態で見たから、まともにパンチを食らってしまった。映画の中で何度か流れる「バラ色の人生」がいまも耳について離れない。

冒頭のシーン。若い男と女が、壁に描かれた、海をイメージさせる絵柄をバックに、深刻な面持ちで対面している。男が「なにか言いたいことはないのか?」と聞く。女「…例えば?」男「…行かないで、とか」女「…」。車のエンジン音がして、この間、ふたりの前を横切っていた男のものであろう「行くぞ」という声が聞こえると、男は「ああ」とそれに応え、女に「じゃあ」と言って、立ち去る。と、室内の壁だと思われた「海」がゆっくりと上手から下手に移動。彼らのバックにあったのは大型トラックで、「海」はそのトラックに描かれたものだった。ひとり残された女は、ひと間おいて後、「行かないで」と叫ぶ。と、先の「バラ色の人生」が流れる。

それから場面は、彼女がウェイトレスとして働いている結婚式場に移る。当然のように華やかな披露宴。その中で、満面の笑みを周囲に振りまきながら踊る新郎新婦と、フロア主任(?)の厳しい叱責を受けながら働く彼女とのあまりの落差。さて、悲惨に過ぎる「彼女」はどうなるかと思いきや、話は一転、満面の笑みを浮かべていた新婦の方に移動する! そして …

涙ぐみつつ、最後のタイトルロールのバックに流れる「バラ色の人生」を聴きながら、これはどこかで見たことが …と思ったのだが、それがなにかが思い出せず、今日のお昼、もう一度、後半部分を見直して、これは辻征夫の詩の世界に似ている、と思った。こんな辻の詩がある。

ボートを漕ぐ不思議なおばさん

あたらしい運動靴をはいて/ 道に出たけれどだれもいない/ いつもなら友達がすぐに駆けてきて/ いっしょに遊びはじめるのに/ お正月ってどうしてだれもいないのだろう/ きっとよそのうちにはどこにも/ ふとった不思議なおばさんがいて/ あの柿の実が鈴なりの柿の木みたいに/ 子供たちをいっぱいぶらさげて/ 笑いさざめいているんだ/ ぼくのおばさんはまだ/ 遠くにいて/ いっしょうけんめいボートを漕いでいる/はやくあのこのうちへ行かなくっちゃと/ 息をはずませて漕いでいる

辻もまた、「背中の殻のなかには悲しみがいっぱいつまってる」詩を書くひとだった。(この稿続く)

 

 

 

 

 

 

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