竹内銃一郎のキノG語録

ビンの中の船は決して沈まない    「ジェリーフィッシュ」を見る②2015.05.21

「ジェリーフィッシュ」は、3人の女性の話だ。3人のうちの2人、ウェイトレス嬢(パティア)と新婦(ケレン)については前回に触れた。残るひとりは、フィリピンに小さな息子を残して、物語の舞台となっているテルアビブに出稼ぎに来ている30代半ば(推定)のジョイ。おそらくいろんな仕事をしてきたのであろうが、今は、「派遣」みたいな感じで、介護の仕事をしている。

この3人それぞれを主人公とした3つの話が、同時進行的に綴られるのだが、最初は遠く離れていたそれらが、時間を経るに従って、精妙に重なり合っていく。この種の手法を使った映画はこれまでも何度か見たことがあり、と書いて真っ先に思い浮かんだのは、ヒッチコックの「ファミリー・プロット」だが、その中身がどうなっていたのか、とんと思い出せない。

いつもなら、ストーリーの詳細は他のサイトで、と書くところだが、調べたところそれが見当たらず、かと言って、簡単にあらすじにまとめることが出来ない。膨大な話ではなく、決して難解で複雑なものでもないのだが、かいつまんでしまうと、「だからなに?」といった感じになりそうだし、丁寧に書くと、原稿用紙20~30枚の、ちょっとした短編小説の分量になってしまうだろう。「お話」と映像が、表裏一体となっていて(という形容が適切とは思えないが)、安易なあらすじ化を拒んでいる。

先に記した、遠くにあった3つの話が微妙に重なる、とは、例えば「こんな具合」を指している。

男と別れたパティアは、日中、途方に暮れて浜辺に座って海を見ている。と、腰に赤白の浮き輪を巻いた小さな女の子が、海から現れる。見渡しても彼女の両親らしい人影はなく、「お父さんは? お母さんは?」「あなたの名前は?」と聞いても、女の子はなにも言わない。パティアは、少女の保護を頼みに警察に行くが、土日は福祉事務所は休みだからと言われ、仕方なく、仕事場に少女を連れて行く。が、ちょっと目を離したすきに、少女がいなくなる。必死に探すが見つからない。翌日、警察に出かけて彼女の捜索を頼むのだが、両親からの捜索願がないと警察は動けないと言われ、さらに、行方不明者はこんなにいるのだよと、担当者は、その種の書類の束をドンと机の上に置く。そして彼は、その書類に書かれた名前を読み上げなら、一番上にあった書類を折って、船を作る。

ジョイは毎日、フィリピンにいる小学1年生くらいの息子に電話をしている。そして、もうじき誕生日を迎える息子に、街のおもちゃ屋のショーウィンドウに飾ってある帆船をプレゼントしてあげると約束をする。

披露宴会場のトイレで足首にケガをし、予定していたカリブ海への新婚旅行にいけなくなったケレンは、街のホテルでその期間を過ごすことになってしまった。しかし、最初の部屋は下水の臭いが耐えがたく、チェンジした部屋は車の騒音で眠れない。ケレンは鬱々としている。亭主は優しい男なのだが、不快感を露にするケレンに我慢が出来ず、タバコをすってくると外に出て行ってしまう。ひとり残された彼女は、カリブ海旅行のパンフレットの一頁に浮かぶ、彼女たちが乗る予定にしていたであろう、白い豪華客船を鉛筆でぐるりと囲んで、机の引き出しから備え付けの便箋を取り出し、そこに、次の一節から始まる詩を書く。

ビンの中の船は決して沈まない

 

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