竹内銃一郎のキノG語録

「ランドルト環」ノート③2015.10.15

amazon経由で購入した、沼野充義訳の『チェーホフ短編集』が届く。収められている作品のほとんどはすでに読んでいるものだったが、ネットに、訳者による個々の作品の解説が面白いと書いてあったので、只今作業進行中の「ランドルト環」のなにかヒントになることが書かれているかも? と思って購入することにしたのだったが、さしたる刺激も発見もなく。

「ランドルト環」に入れる予定の、これまでの翻訳では、「可愛い女」「かわいい女(ひと)」とされていた作品は、沼野訳では「かわいい」。解説にはその変更理由が書かれている。いわく、原題となっている語は、女性のみを対象にしたものではなく、そのことにずっと違和感があった、そこで、英訳では「ダーリン」となっていてところから、「女」をとって、「かわいい」にしたのだと。

理屈は判った。確かに、この本に収められた13本のうち、単語ひとつのタイトルのものは6本あり、その事実だけを取り出せば、いかにもチェーホフらしいタイトルだと言えなくもないし、チェーホフ作品のタイトルには呼びかけが含まれている、というのは今や通説にもなっている。しかし。以前にも書いたが、正しい理解が常に優れた表現に直結するわけではない。そもそも。「ダーリン」は名詞で「かわいい」は形容詞じゃないの、という誰もがするであろう指摘以前に、このタイトルで、内容が分かるか、読者が飛びつくかという問題があるはずだ。また、従来の訳では「オーレニカ」もしくは「オーレンカ」と記されていたヒロインの呼び名を、「オリガちゃん」と変えている。これも、訳者の「正しい」ロシア語理解からなされた変更であるらしいのだが、これも、正しい理解が優れた表現につながるわけではない好例だ。

あれこれいちゃもんをつけたが、これまで読んでいなかった「おおきなかぶ」は面白く、卑しい言い方になるが、「これは使える」と思った。1000字程度の超短編。みんなで「おおきなかぶ」を引っこ抜く話、と書いてもなんのことか分からないであろうが。

ネットで「ネアンデルタール人」を調べていたら、従来の「進化論」に異を唱える大胆な仮説に出会った。わたしは子どもの頃から、なんでシベリアやアラスカのような、どう考えても生きにくい寒冷地に、ひとや動物はなぜわざわざ住み着いたのか、それが不思議でならなかったのだが、山本博通というひとの論考は、その謎について書いているのだ。彼の仮説が正しいのかどうか、わたしには分からない。でも、わたしを惹きつける魅力にあふれている。面白い。

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