竹内銃一郎のキノG語録

リアルの矮小化 福岡の殺人事件2014.06.17

どういうことになっているのか。
開催中のワールドカップについて、組み合わせが決まった頃には、日本の苦戦を予想していたはずの評論家諸氏が、大会が近づくにつれて過剰にヒートアップし(?)、決勝トーナメント進出は疑う余地なく、ベスト8進出も夢ではないみたいな強気発言を繰り返してる。それは、弱気な発言が封じる空気が、マスコミ・TV番組を覆っているせいで、あのアメリカとの戦争に突入したときもきっと同じようなことだったのだろう、みたいなことを日曜の夜に書いてアップし、翌日それを確認してみたら、なんとタイトルだけ残し、本文が消えているのだ。
言論統制? まさか。
同じ日曜、WOWOWで放映されたウォン・カーウェイの「天使の涙」も、録画したはずなのにされてないし。
楽しみにしていたのに、もう!
いまさら改めて言うまでもないことだが、わたし達の生活は電気・電子機器なくしては成り立たないことになっている。
それらに管理・統制されていると言っても過言ではないだろう。
だから、昨日今日ニュースになっている福岡の殺人事件も、あまりにナマナマし過ぎて、逆に、関係者の方々には申し訳ないのだが、まるでおとぎ話のようでにわかには信じられないのだ。
殺人という、まさに身体に関わるリアルな出来事なのに。
わたしたちのリアル=現実が多分、変容し、矮小化されているのだろう。
福岡の事件の容疑者夫婦の殺人の動機は、どうやらお金ほしさだったようだ。むろん、お金目当ての殺人は大昔から繰り返されたことで今に始まったことではないのだが、報道によれば、被害者及びその家族から彼等夫婦は繰り返しお金を無心し、その挙句の犯行だったようで、そのようにして得たお金は、高級車やギャンブル等に使っていたらしい。
高級車もギャンブルも、生活費というリアルとはおよそ縁遠いもので、そもそもお金そのものが、いわば<幻想>の代表格にあるものだ。
という文脈の中におけば、サッカーというまさに身体性そのものを感じさせるスポーツに、喪失した身体(性)を取り戻すべく、人々が熱狂するのも理解出来なくはない。
が、しかし。
冷静な言説を封じるようなマスコミ、とりわけTVがかもし出している空気は許しがたいし、そもそも、みんながみんなワールドカップに興味を持っているわけではないのだから、朝から晩まで、ことあるごとに番組中でワールドカップを取りあげるような愚はやめてほしいのだ。
冷静になりたまえ。日本はFIFAランキング46位なんですよ。32チームしか出場できない大会に、大相撲でいえば幕内下位クラスの、46位のチームが出場してるんですよ。ほとんどのチームはみんな日本より格上なんですから。だから、勝ったら凄いね、負けたら惜しかったね、それで十分でしょう。評論家・解説者などは、あれこれ言わなきゃならないんだろうけれど、競馬の世界でよく言われるように、予想は逆から読めば「嘘よ」、なんです、彼等の言葉なんか聞き流しておけばいいんですよ。
理性を失って過剰にヒートアップした人間、とりわけ、そんな人間が束になった状態ほどこの世の中で醜いものはありません。

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