ペラペラ喋られるとアタマに来る。by中川家・剛2010.08.02
本日をもって、「オカリナ」の稽古終了。明日から劇場入りで、三日後には本番だ。
稽古の終盤、俳優・スタッフがもっとも注意すべきは自らの体調管理だ。ここに至って風邪でもひかれた日には、もうお手上げである。だから、どんなに能力が高くても、これが出来ない者は使えない。
演技の面で注意すべきは、いたずらに感情を高ぶらせて声を必要以上に張ったり、逆に、もう覚えてしまったからとばかりに、スラスラペラペラ台詞を喋るようになってしまったりしがちで、演出家はそれを丁寧にチェックしなければいけない。
先日、NHKTVで、漫才師が三人集まって、漫才について思うところを話していた。増田岡田の増田、中川家の剛、それに水道橋博士がそのメンバー。三人の中では、意外や剛がもっとも知的なことを言っていて、曰く「ペラペラ喋られるとアタマに来る。ちゃんと喋れって思う」と。頭の悪い増田は、これを受ける受けないの問題に矮小化していたが、剛は「ことばの問題」の本質に触れていたように思う。
以前にもこのブログで書いたような気もしますが。言葉とは他人が作ったもので、言語行為とは、要するに自分の寸法に合わない服を着せられて、走ったり転がったりするようなものなのだ。その違和感があたかも存在しないかのように振舞うことは、許しがたい嘘なのだと。剛のペラペラに対する憤りをわたしなりに解釈すると、こういうことになる。
さっと表面を撫でて、なんの違和感もないような表現はダメです。ゴツゴツとしっかりした手触り・歯ごたえのあるものがよろしい。はたして「オカリナ」の仕上がりは?
皆様のご来場、お待ちしております。