泣かせるぜ 「のぞみ5歳 ~てさぐりの子育て日記~」を見る2017.03.14
昨夜、浦和の自宅の押し入れの奥から出てきた「紙風船」を読む。黒木(和雄)さんからの依頼に応じて、30年ほど前に書いた映画シナリオである。目にするのは何年ぶりになるのか。物語の舞台は1930年代の京都。映画監督の山中貞雄を主人公とし、彼の映画仲間である鳴滝組の面々との交流、映画作りの困難、いくつかの淡い恋模様、等々が、迫りくる戦争の足音をバックに描かれている。甘い。緩い。これが久しぶりに読んだ率直な感想。説明的なところが多すぎるのだ。「サウルの息子」ショックがいまだに尾を引いているから、余計にそう思ってしまうのだろう。録画しておいた「のぞみ5歳 ~」を見た後だったから、さらに輪をかけて …
「のぞみ5歳~」は、またまた奇しくもだが、30年ほど前にNHKで放映されたドキュメンタリーで、10日ほど前に「NHK アーカイブ」で放映されたのだ。のぞみちゃんの両親はともに全盲で、そんな家族三人の奮闘記といった内容。解説者として番組の始めと終わりに出演していた檀ふみも語っていたが、これといった事件やドラマティックな出来事はなにも起こらない、というか、四年間にわたって彼らを追い続けたカメラは、もしかしたら、そんな事柄も納めたのかもしれないが、そういう<ウケ狙い>のシーンをチョイスしなかったディレクターの、なんと品性の気高いことか。でも、いや、だから泣けるのだ。わたしがいちばん好きなシーンは、3歳くらいになったのぞみちゃんが三輪車に乗って、お母さんがその三輪車の後部に杖を乗せ、つまり、のぞみちゃんがお母さんを先導して、買い物に行くところ。お母さんは語る。以前は、表に出るのが怖かったけれど、のぞみのお陰で、最近はそれが楽しくなった、世界が広がったのだ、と。三人の間には、甘えや媚びがない、それが美しい。終盤、「事件」と呼んでもいいかもしれないことが起きる。のぞみちゃんが家に遊びに来た友達にちょっとした意地悪をして、それを父親が厳しく叱責する場面だ。そんな父にのぞみちゃんは激しく抵抗し、お父さんなんか嫌いだから家から出ていけと言う。出ていくのはお前の方だと父。すると、じゃお母さんとふたりで出ていくと、幼い娘は泣きながら言って、「お母さん!」と母に抱きつく。が、母はそれを受け入れず、わたしはお父さんのことが好きだから、あんたとは家を出ないし、もしもお母さんと一緒にいたいのなら、お父さんにちゃんと謝って許しをえないとダメだ、と静かに語る。この家族に関係の上下はないのだ。家の外でなされるこのやりとりを、カメラは途中から遠景で捉え、だから、ふたりの表情はハッキリしなくなる。ウザイ説明なんかしないのだ。それがいい。わたしの涙が止まることがなかったのは、三人の健気さもさることながら、こんな傑作を作り上げたスタッフへの敬意がゆえでもあるのだ。
今朝、家の近くを流れている高瀬川沿いに四条まで散歩をし(25分)、八坂神社前にある祇園吉本で今月・来月の公演スケジュールを入手、帰りはついでだからと、今から80年ほど前に、山中らが足繫く通ったという小料理屋「なる瀬」があった路地を行く。いまは別の店になっている(旧)「なる瀬」の前を通り過ぎようとした時に、ちょっとした事件が。な、なんと川上から紙風船が流れてきたのだ、まるで冒頭で触れた「紙風船」のラストシーンをなぞるように?! 戦地(中国)で病死した山中を偲んで仲間たちが「なる瀬」に集まり、山中を肴に談笑している。と、その輪の中にいた女優の節子が「あっ」と言って立ち上がり、高瀬川を指さす。と、紙風船が流れていて、みんな黙ってそれを眺めている、という …。
と思ったら、流れてきたのは紙風船ではなく、少し大きめの紙コップ。そうと気づくまで2~3秒。まことに淡い、束の間の夢でありました。