「花ノ紋」解題 あたま山心中 散ル、散ル、満チル①2017.11.10
plot
登場人物はふたり。役名はチルチルとミチル。ミチルはチルチルを「兄さん」と呼び、チルチルはミチルを「ミチル」と呼ぶが、実はこのふたり、母と30半ば過ぎの息子(タダシ)で、親子である。息子が小学3年生のとき、学芸会の演目にメーテルリンクの「青い鳥」が選ばれ、彼は主役のチルチル役に。よく家でふたりは台詞合わせをしたものだった。もちろん、母はミチル役。だからといってあれから30年経ったいま、ふたりが再びその時の役名で互いを呼びあうのは、戯れでないとすれば尋常ではない。彼らはなぜそのようなことを? 不可解な点がもうひとつ。母は自分の頭の上に桜の木が生えていると思っているのだ。なぜ? このふたつの謎が劇を先へと進ませる両輪となり、そして最後には解明されるのだが …。そうだ、最後に看護師も登場するので、正確には登場人物は3人ということになるのだが、その看護師はミチル役を演じた俳優が演じるよう指定されており …。
1)暗闇の中で、「青い鳥」の冒頭部のチルチルとミチルのやりとりが聞こえる。明るくなると、満開の桜の下で旅支度をしているミチルが。夜。<兄>が現れる。彼は隣の部屋で、旅行に持っていく鳥籠の修理をしているらしい。<兄は>ミチルに、「クスリを飲んだか」と聞く。ミチルはそれに答えず、「兄さん、この前の旅の時、わたしたちは森の中で …」と「青い鳥」の一場面を語り、兄はそれに応えて、ふたりはその場面を演じる。お芝居が終わって。<兄>は再度、ミチルにクスリを飲むよう要請すると、ミチルは「これはなんのおクスリ?」と尋ねる。<兄>は、お前の頭に生えてる桜の木を消すモノだと答える。
2)場面変わって、走る列車内。ふたりは青い鳥を探す旅に出かけている。<兄>がミチルを探している。と、そこへミチル登場。どこへ行ってたのかと問う<兄>に、「あなたを探していたのだ」とミチル。「トイレに行くって言ったじゃないか」「トイレも探したけど、あなたはいなかった」「どの車両のトイレもふさがっていたからグリーン車まで行ったんだ」。ミチルは「ネクタイはどうしたの?」と<兄>に聞く。<兄>はなぜか狼狽し、ネクタイは便利な道具でと、様々なその使用法を身振り手振りを交えて話し、そして最後に、「本当は首に締めるもんだけど、おまえも絞めてみるかい?」と尋ねる。間もなく、ふたりの旅の目的地、「思い出の国」に到着するらしい。そこにはふたりを待っている、亡くなった祖父母と<父>がいる。車掌を呼んでくると言っていなくなったミチルが戻ってくる。そして<兄>に、手を見せろと言う。トイレで用を足したあと、ちゃんと手を洗ったかどうか確かめると言うのだ。<兄>がちゃんと洗ったと答えると、なぜ嘘をつくのか、本当はわたしに隠れてカズ枝さんと会っていたんでしょと<兄>を責める。「誰なんだ?、カズ枝って」という<兄>の問いを無視してミチルは、思い出の国で祖父母と再会をはたす「青い鳥」の一場面をひとりで演じ始め、<兄>が手を洗ってくるとその場から離れようとすると、ミチルは不意に、脳裏に甦った忘れられない過去の出来事を語り始める。それは、今から30年前のある日のお昼、夫と彼が「カズ枝」と呼ぶ女性との切迫した電話のやりとりと、その後、慌てて家を出て行った夫の後ろ姿と …。夫はそのまま家に帰らず、数日後、北国の山中で「カズ枝」と呼んでいた女性と心中したことが明らかになる。<兄>もミチルの話に応えるように、母とふたりでその現場に行った日のことを語る。「父は若い女性と桜の枝にロープを渡して …」と。そして、「クスリの時間だ」と言い残して、いなくなる。戻ってきた<兄>は、手に車掌がするような白い手袋をつけて現れ、静かに「ネクタイの絞め方を教えてやろう」と言って、ミチルの首をネクタイで絞める。(続く)