竹内銃一郎のキノG語録

序破急の秘密 「動植綵絵」メモ③2018.05.01

笑い男が登場すると、うなぎ壱・弐と彼との間で、<帰れ・帰らない><(鰻を)食べない・食べろ>の激しい攻防が繰り広げられる。このままでは埒があかないとみた男、やおらラジカセを持ち出す。テープにはなんと、毎晩でもうなぎ持参の来訪大歓迎、と語るふたりの言葉が記録されていた。しかし、そんな動かぬ証拠の提示にも、今夜の食事はもう済ませたからと、彼らの決意は揺るがない。男はふたりの強硬姿勢に動揺し、自らの<うなぎ愛>について涙ながらに語りだす。勝負の決着はついたかに思われたその時、ふたりは思わぬ失態を犯す。お腹がジーユージーユー、GUGUと鳴ったのを男に聴かれ、まだ夕食をとっていないことがバレてしまうのだ。形勢は一気に逆転、男はうなだれる弱者から声高々に笑う強者となって、鰻の料理にとりかかる。戯曲にも指定されているが、初演時では黒いゴムホースを鰻に見立てた。これが想定以上の効果を発揮、天然鰻はこんなに元気だと、それで舞台の床をバシバシ叩くだけで、男の過激な暴力性は手にとるように誰にも分かり、彼が笑えば笑うほど、二匹のうなぎが縮み上がるのも当り前、となるのだ。今回の上演では、この中間部の前半をご披露するのだが、ゴムホースを使用するかどうかは只今検討中。小道具を使うと<フツーのお芝居>になってしまいそうで、本来の上演意図から外れてしまうからだ。それにしても。なぜ男はそうまでして、ふたりに鰻を食べさせようとするのか。誰もが抱くであろうそんな疑問をうなぎ壱が投げかけると、男は「これは、貧しい人々に救いの手を差し伸べる、いわゆるひとつのボランティア活動で …」と言い、そして、勝ち誇ったような彼の哄笑とともに、暗転。

笑い男の登場からここまで約20頁。残りは約20頁だから、全体が見事に(?)に三分割されている。いや、単に前・中・後の長さが均等になっていることに感心しているわけではない。序破急という古典的な構成法に則って書かれているとは思えないが、仮にそうだとして。「序」では、うなぎ壱・弐のやりとりから、ふたりが寄り添う必然と、相手に対する微妙な違和感、そして、間もなくふたりを襲うであろう危機がさりげなく提出される。「破」では、男の登場とともにふたりの平和・安寧は破壊され、いうなれば彼らは戦時下におかれる。「急」は、ふたりが白旗をあげたかと見えるところから始まるが、それはあくまでも表向き、男の目を盗んでふたりはひそかに、ゲリラ活動をしていて、という …。こういう話の展開を、「序」は終始ふたりの漫才風な会話だけに終始し、笑い男が加わる「破」は、トリオのコント風な押し合いへし合い、「急」では、3人それぞれトイレに立っていなくなり、会話の組み合わせを変えつつ進行し、最後は逆転につぐ逆転となって …。つまり、序破急で舞台に立つ顔触れ・組み合わせを変え、結果として、その色合いを変えているのだ。

本作が書かれたのは、四捨五入すると四十年前。前作「あの大鴉、さえも。」で岸田戯曲賞を受賞していたから、肩に、鉛筆を持つ指にも力が入っていたはずだが、なんだこの冷静さは。そう、暴力を描くには、なにをおいてもこの冷静さと、そして、機知とユーモアへの過剰な傾斜が必要なのだ。「若いのに天晴!」と、老いてますます盛んなわたしも、感心しきりである。

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