悪いヤツほどよく笑う? 「動植綵絵」メモ④2018.05.03
前々回の続き。笑い男の哄笑とともに暗転すると、暗い中で、八代目桂文楽演ずる落語「鰻の幇間」のさわりが流れ、客席に蒲焼の香ばしい匂いが漂う。初演の劇場はJR大塚駅の近くにあったジェルス・ホール。ロビーで鰻を焼き、本来は場内から外に向けて空気を吐き出す換気扇を逆に回して、匂いを場内に送り込んだのだ。このアイデアは、キャパ80くらいの小さな劇場だからこそ可能になった、文字通りの裏技。もうひとつ、「恋愛日記2」でも、こちらは劇団のアトリエで上演したのだが、主人公が愛人(奥さんの妹)の部屋で、彼女の会社の同僚たちとすき焼きを食べるシーンがあり、劇中ほんとに作って食べたので、この時も、客席をすき焼きのおいしそうな匂いが覆い、ともども観客からは好評を得た、「俺たちにも食わせろ」という非難の声もあったが。
明るくなると、観客は思わぬ光景を目にすることになる。うな壱が、さっきまで頑なに食することを拒んではいたうな丼を、パクついているのだ。彼の脇には、満足げな笑みを浮かべてビールを飲んでいる笑い男。彼が口にする言葉は、どれもうな壱・弐を侮蔑・冷笑するもので、壱はそれに不快の色さえ見せない。トイレからうな弐が戻ってくると、男はさらに強者然として、ふたりのうな丼の食べ方にいちいち難癖をつけ、ターブルマナーのイロハの講釈をする。誰の目にも耳にも、ふたりは男に屈服したかに見え、聞こえるであろうが、ところがどっこい、ふたりは面従腹背で男に接しているのだ。男に電話が。相手は彼の上司のようで、「ちょっと食べさせるのに手間取りまして …」などと現状報告をしている。ふたりに鰻を食べさせるのは、仕事だったのだ。うん? 彼及び彼の会社はどんな仕事を? 便意をもよおした男は、上司に「鰻の幇間」を聞かせてやってくれと言って、トイレに向かう。うな壱は、受話器を受け取り、噺のさわりを語りだす。初演でこの役を演じた木場勝己は若い頃、落語家志望であったところから、こんな場面をこしらえた。ズブの素人では持たせられない長さを演じたところで、電話が切られていることに気づき、ふたりは、さっきの電話の中身についてアレコレ詮索するが、もちろん、答えは出ない。そこへ、男が戻ってくる、さっきまでとはうって変わった厳しい面持ちで。
男「おたくらもずいぶん洒落た真似をしてくれるじゃねえか」うな壱「一体なんのことですか?」「とぼけるんじゃねえ! (と、ゴムホースで床を叩き)一体どっちが俺の鰻をくそ壷の中に吐いたんだ!」
ふたりが、あれは自分たち流のささやかなお返しだと答えると、では、わたしの方からもお返しをと、男は手にしたオオウナギ(とにかく長い、ゴムホース)見せ、こいつを食べていただいてと、うな弐の口にそれを押し込もうとする。両者くんずほぐれずしているところを、うな壱がビール瓶で笑い男を殴り倒し、それからふたり、オオウナギで男の首を絞める。暗転。
暗い中。冒頭と同様、金槌をふるう音が聞こえ、またバリケード作りを? と思わせるが、明るくなると、バリケードを壊していたことが明らかになる。舞台中央に山積みにされたパネル。ふたりはここでも冒頭同様、仕事の手を休めると、今夜はなにを食べようかという相談を始めるのだが、そのやりとりは明らかに、亡き者にした笑い男をどう料理しようかという物騒なもの。至上ともいうべき達成感から笑いこみ上げ、ふたりはあの笑い男を超える笑い声を上げるのだが、またもや! それをキッカケにしたかのように、山積みのパネルを跳ね上げて、死んだはずの笑い男が甦る! とどまることを知らぬかのような男の笑い声とともに、幕。