竹内銃一郎のキノG語録

<奇跡の出会い>の物語。 「心と体と」を見る。2019.02.24

昨日の夕方、鴨川沿いの遊歩道を久しぶりに走る。とりあえずの目標は1キロを8分ほどでというものだったが、ドッコイ、400メートルくらいで息が上がる。少しスピードを出し過ぎたかと思い、速度を半減してもう一度走ってみたが、500メートル手前でギブアップ。おそらく、脂肪分たっぷりの内臓のせいだろうが、それにプラス、あれこれ悩みのタネを抱えてもいるからだろう。あれこれのひとつは、一週間ほど前にWOWOWで放映された「犬ケ島」と、10日ほど前に見て、このブログでも少し触れた「女王陛下のお気に入り」のせいだ。いったい頭のどこを押せば、あんなアイデアが生まれるのだろう? 好きなのに、ああ、そんなに遠くまで行かれては …と途方にくれていたのだが、今朝、ありがたいことに、そんなわたしに優しく手を差し伸べてくれた映画と出会う。「心と体と」である。

雪降りしきる森の中を雄雌二頭の鹿が、見つめ合い、触れあい、でも一線は超えず …という不思議なシーンから始まるこの映画、監督はイルディコー・エニェティという名も知らぬひと。ネットによれば、18年前に撮った処女作「私の二十世紀」でカンヌ映画祭の賞を貰っていて、本作はそれ以来の長編映画であるらしい。

これは、ハンガリーのブダペスト郊外にある食肉処理場を舞台に、そこで働く知性と色気を備えた60歳くらいの男と、臨時で雇われた20台後半と思われる、「綺麗」「可愛い」などという言葉では形容しきれない、これまであまり見たことがないような、不思議な美しさを持つ女性との愛の物語だが、ふたりが急接近するきっかけの設定が凄い。彼らが働く工場で、交尾促進剤(?)が盗まれるという事件が起こり、その犯人捜しのために、女性の精神分析医(?)がやって来て、従業員全員に性にまつわる幾つかの質問を投げかけるのだが、その質問の中に、「昨夜見た夢は?」というのがあって、なんと前述のふたりは、寸分違わない夢の話をする。それは雪降りしきる森の中で、くっついたり離れたりしている雄雌二頭の鹿の夢。そう、冒頭のシーンを初めとして、その後も繰り返し登場する二頭の鹿は、彼らが見る夢の常連さんだったのだ。

ある時期から女性との関係を絶っている、左手に障害を持つ男と、他人と満足に言葉を交わせない女の恋の行く末がどうなるのか。それは書かずにおくが、何事も重要なのは<経過>であって結論・結末ではない。この地球に生息する74億ほどの人間の中に、夜毎同じ夢を見る男女がいて、しかもそのふたりが出会って、恋してしまうという、そんな奇跡の筋立てにわたしの心は震え、お陰で、あれこれのモヤモヤの一部は洗い流されたのである。

 

一覧