竹内銃一郎のキノG語録

5百超本と2千本! そして、奇蹟の再会2019.04.05

島(次郎)さんから、彼の作品の写真集「舞台美術」が送られてくる。いつ出来上がるかと首を長くして待っていたのだが、ようやくの刊行。巻末の作品リストを見ると、わたしの作品を23本担当。てことは、わたしの演出作品数は多分70本くらいのはずなので、そのうちの3分の1ほどは島さん美術だったのだ、なんとなんと! いや、もっと驚いたのは、島さんが舞台美術を担当した作品が500本超であること。スンゴイです!

一緒に仕事をした最初の作品は、1985年上演の流山児事務所プロデュースの「碧い彗星の一夜」(作・北村想)。プロデューサーの流山児から推薦があってお願いしたのだった。もうほとんど忘れてしまったが、確か、二段三段と舞台が組まれて、俳優たちはそこを走り回ったのではなかったか。これをきっかけに、80年代の秘法零番館、90年代のJIS企画、今世紀に入っての「20世紀グリムシリーズ」等のさいたま芸術劇場プロデュース作品等々の大半の美術をお願いし、2012年の、これは台本を書いただけだがMODEの「満ちる」(演出・松本修)が、いまのところは最後のおつきあいとなっている。このうち本に掲載されているのは、秘法の「酔・待・草」(1986)、木場勝巳Pの「今は昔、栄養映画館」(1998)、さいたま芸術劇場Pの「伝染」の3本。掲載されている写真のすべてを撮ったのは益永葉氏。氏は、わたしが関わった最初の劇団「斜光社」の中心メンバーだった木場の高校時代の同級生で、その関係からわたし(たち)の舞台を20年近く撮ってくれていた。本業は別にあり、プロではないのだが、誰がどう見ても一流のカメラマンだ。

屹立感と侘しさと。掲載されている100枚ほどの舞台写真には、どれもこの二語が漂っている。まるで、映画「チザム」の主演・ジョン・ウェンが夕暮れ、馬に乗って丘の頂から自らの苦労の結晶である大牧場を見下ろしている、あの印象的なカットのような …。この印象は、もちろん島さんが狙ったところではあろうが、カメラマンの世界観の反映でもあろう。この「舞台美術」は、益永さんの写真集でもあるのだ。

この本を読んだのは昨日の夜。甦った様々な思い出を抱えて眠りについて、今朝。金曜の朝はいつも前日録画した「新日本風土記」を再生し見ることにしている。今回は「さくらー十二の物語」。タイトルが示すように、桜にまつわる土地とひとの物語が語られるのだが、そのひとつに、なんとわたしの知人が。秘法に所属した俳優たちの中で、若き核のひとりであった森永ひとみが登場したのだ。父親が生まれた土地に営々黙々と桜の木を植えていることは、彼女から聞いていた。しかし、街道に2千本、それもひとりで植えたとは! 旅館経営の本業を昔は奥さんに、いまは娘にまかせて、桜の植樹に専念。まるで「運び屋」のイーストウッド氏ではないか。ひとみにお目見えするのはおそらく20数年ぶり。言葉遣いは徳島色に染められているが、父親にあきれつつ敬意を示しつつ話すその話しぶり、笑い声は昔そのまま。島さんの本にも掲載されていた「酔・待・草」は、彼女が演じた「カオル先生」の長い長いモノローグから始まる。バックの黄色い千をゆうに超えていそうな花々は、毎日のように劇団員総出で作ったんだよなあ、樹の下には風吹ねむりが眠っていて、その前でひとみが …と懐かしく思い出していたその翌朝に、ああ、まさか彼女と<再会>するなんて。

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