竹内銃一郎のキノG語録

脱帽! 城定秀夫の「恋の豚 むっちり濡らして」を見る。2020.04.15

メガネをかけた真太い(?!)女性が、初夏の小道をアイスを食べながらのっしのっしと歩いてくる、そして、なにかに躓きでもしたのかゴロンと転び、短いスカートからはみ出た太腿の真太さといったら! これがファーストシーン。それから場面は先の女性が、波打ち寄せる海をバックに、太っているからであろうお腹をシャツから半分はみ出して、ひとりポツンと立っている。タイトル。笑いと切なさとをない交ぜにした、なんとも素敵な始まりだ。さすが城定、これでなくっちゃ。

城定秀夫の「恋の豚 むっちり濡らして」を見る。久方ぶりの城定(=上々)の快作。これまでも繰り返し書いたように、城定秀夫はわたしにとって、この国の現役の中では希少かつ貴重な映画監督だが、今年になってTVで見た彼の作品、「新宿パンチ」、「私の奴隷になりなさい」2本、「犯す女 愚者の群れ」、「花咲く部屋 昼下がりの蕾」、いずれもイマ1イマ2で、正直、とうとう彼も終わったのかと思っていた。そう思ったのは、以前にも似たようなこと、つまり、快作を次々と繰り出していた亀井亨が、「わたしの奴隷になりなさい」(ガッカリした)以後、ズルズルと坂を下り始め、そのうちわたしの前から消えてしまった(ネットで検索したら、一時ほどではないが、いまも撮り続けているようだ)からだ。城定が同じ原作の映画を、しかも亀井と同じ角川の製作で撮ることを知った時、嫌~な予感がしたのだが、見たらやっぱりで。それが …

「恋の豚 ~」は、笑えて泣ける、わたし好みの映画だ。主役の「まりえちゃん」を演じた百合華は、豚よりも牛に近い、大相撲の碧山を彷彿とさせるほどの見事な巨体の持ち主! そんな自らの体にコンプレックスを抱える彼女は、借金返済のために「メス豚養豚場」というおデブ女性ばかりを集めたデリヘルで働いている。そして、ひょんなことから知り合った<痩せた男>(カズくん)と同棲を始めるが、しばらくしたらそのカズくんがいなくなり、それから2,3か月後、ひょんなところで彼と再会、誘われるまま彼の住まいに行ってみると、そこにはスレンダー美人のカズくんの妻がいて …。ストーリーはシンプルだが、細部に笑いと涙の絶妙な味付けが施されていて、唸る。何度か繰り返されるまりえちゃんと痩せ男たち(カズくん以外もみな痩せている!)のセックスシーンは言わずもがな。冴えわたるのは終盤の、カズくん夫妻とまりえちゃんが車で海に行くシーン以降だ。

カズ「海の豚と書いてなんて読むんだっけ?」妻「イルカでしょ」カズ「じゃ、今日のまりえちゃんはイルカだ」まりえ「はい」 …などという、移動中の車の中でのやりとりから始まり、カットが変わって、海に到着すると、浜辺でじゃれているカズくん夫婦、一方まりえちゃんは、海豚よろしく、ひとり浮き輪に乗って沖をプカプカ。その姿もまた、笑いと切なさとをがないまぜになっていて。夕方になり、さあ帰ろうということになるのだが、まりえちゃんは「わたしは車に乗らないから」と言う。首を傾げつつ夫婦は彼女を置いて帰っていく。残されたまりえちゃんは、前述した冒頭のカットと同様、海をバックにひとり立ち尽くしている。と、いきなり大声で泣きだす、長く長く。再び、まりえちゃんの一人暮らしの生活が始まる。ひとりでもくもくと食事をし、カズくんに貰った、小さな金色の観音像の前に座って、チーンとこりんを鳴らして…。季節は秋に変わっているのだが、冒頭のシーンと同じ道を、まりえちゃんが今度はフランクフルトを食べながら、ノッシノッシと歩いてくる。と、彼女の脇に子ブタが現れ、そして、「マリエちゃ~ん」と呼び声が。ふりむくと、カズくんがやってきて、子豚はカズくんのペットであった。トコトコと走る子豚。それを追いかけるカズくんを見送るまりえちゃん。おしまい。

漫才や落語ばかりではなく、ツカミとオチが重要なのは映画や芝居も同じだ。始まり(=ツカミ)を変形してラスト(オチ)にするのは、わたしも何度かやっているのだが、「恋の豚」はとてもお洒落に決めている。脱帽!

 

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