竹内銃一郎のキノG語録

大和屋さんのこと追記 活動の記憶・番外編②2020.07.07

九州地方に豪雨到来。なまじのものでないことに驚く。暴れまくる川の流れは、見た目には万全堅固と思われた鉄の橋を一気に押し流し、堤防を乗り越え打ち壊して、あの町この街になだれ込み、そのさまには、驚きを超えて恐怖さえ。あれはどの町だったか、川の流れに飲み込まれた車があちこちに横たわっている中で一台、ほとんど直角にアタマを下に直立していた車があって、あれには思わず笑ってしまったが(持ち主のひと、スミマセン)。

京都にも昨日は一日かなりの雨が降り、今朝、雨がやんでるのを確認して外に出、鴨川の具合を見るために5分歩いて七条大橋まで出かけると、いつもはサラサラと、眺めていると思わず顔がほころぶようなやさしげな川の流れなのに、ゴーゴーと音をたてて、文字通り土色の水が怒り狂ったような勢いで流れていた。ほんとに水は怖い。狂ったような勢いがというより、普段の優しさ・和やかさとのあまりの違いが怖いのだ。それにしても。

被害にあった各地の避難所は、コロナ感染を遠ざけるために、人数制限をしているらしい。なんで? 首都圏や各都道府県の県庁所在地等、人口密度の高いところはともかく、今回の被害が尋常ではなかった人吉市なんて、コロナ感染者出たの? 出たとしても片手で足りる程度でしょ。なにがアブナイの?! 今回の水害の大きさはコロナ感染など問題にならないはず。現状を冷静に考えろよ、まったく。

てな話とはまったく関係ないのですが、前回で触れたわたしの戯曲集のこと。全6巻それぞれに、「竹内論」を書いて貰うのですが、⑤「コスモス狂」の解説をお願いした佐野(史郎)さんから、わたしと大和屋さんとのなれそめは? との質問があり、かなりの長文を送ったのですが、その多くはいま続けている「活動の記憶」でも触れているので、多分、触れなかったところを以下に。

いちばん好きなのは「毛の生えた拳銃」です。麿赤児、大久保鷹、吉沢健の状況劇場の俳優さんが主役。
麿・大久保が、やくざの親分から自分の女を寝取った吉沢を殺せと命じられ、彼を追いかける話。
追いかけてるうちに、ふたりとも吉沢が愛おしくなってしまい(ここらへんの影響大)、吉沢を絶体絶命に追い込み、したくはないが親分の命令だからと、拳銃の狙いを定めた時、吉沢は頭上のぶどう棚のぶどうのひと房に手を伸ばし、それに驚きひるんだふたりは、それに続くむしゃむしゃとぶどうを頬張る吉沢の可愛さに、ボーっと見とれて …。このシーン最高! 殺し屋二人が、町の通りをテクテク歩きながら、食べながらの台詞のやりとりが、「ゴドー待ち」風で、これにも影響を。あとは、「荒野のダッチワイフ」。冒頭のシーンも忘れられませんが、物語の時間操作の巧みさ(分かりにくさ?)に大きな刺激を。シナリオでは若松孝二監督の「処女ゲバゲバ」。台詞がこっちもゴドー待ち風で。

大和屋さん関係で書き忘れたことを二つ。ひとつは、ご自宅の本棚にカフカ全集が並んでいたこと。
もうひとつは、当時のベストセラーで、啄木の裏話(?)を書いたカッパブックス映画化のシナリオを依頼されていた氏が、フツーに考えたら「啄木全集」を読むところなのに、「森鴎外全集」を読んでいたこと。物語の背景確認のためでしょうね。それでわたしは、「書くには読まなきゃ」と思い知らされたわけです。

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