竹内銃一郎のキノG語録

みんな元気か~ 活動の記憶㉛2021.06.25

昨日のことさえ何があったか忘れてしまう現在のわたしである。今回から再開する「活動の記憶」をなんとか書くことが出来るのは、公演チラシが残っているからである。更には、有難~いことにPCでネット検索をすると、思いもよらぬ事実も発見できるのだ。前回書いたように、今回は1992年の公演3本を軸にアレコレ書かんとしている。
この年の9月に上演されたのが、小津安二郎の「晩春」の一場面をベースに書いた「東京大仏心中」。チラシの表・裏にはタイトルに並んで、「東京国際演劇祭’92テーマプロデュース公演 新・東京物語」とある。ホー。恐らくこの演劇祭の段取りを任された七字(英輔)氏から聞いた、「東京をテーマにした作品を」は覚えていたが、「新・東京物語」という副題(?)があっただなんて、すっかり忘れていた。ついでに。この作品は、佐野さんと亡くなった中川安奈さんのふたり芝居であるが、チラシには、中川さんの名前の方が先に書かれている。つまり、チラシ制作の時点での世間評価はそういうことだったのだろうが、稽古が始まって間もなく、佐野さん出演のTVドラマ「ずっとあなたが好きだった」が大評判になり、マスコミの取材もほとんど佐野さんオンリー。だからだったのだろう、中川さんが演出家の栗山さんと結婚したことを公にし、中川さんの方にも取材が集まって …。
以前にも書いたが、ほとんど同時期に、東京乾電池による「伝染」の稽古・公演があって、チラシで確認すると、前者は、9/20~29、後者は9/25~30で公演をしたようだ。稽古は前者を昼から夕方に、後者は夕方から夜までやったのだが、両者の演技スタイルはかなり異なっていて、それが楽しかったことを覚えている。
なにがどう違うか。前者の佐野さんには、事細かな演技を要求した。お芝居は、佐野さんが泊まっている宿の主人に電話をしているところから始まり、それが終わると、自らの旅行鞄の中から絵葉書を取り出してそれを読み上げ、読み上げるとそれを二つに裂き四つに裂いて灰皿に入れて火をつけて燃やし、等々のひとり芝居をするのだが、部屋には中川さん演じる彼の娘が蒲団の中で<死んだように>眠っているので、彼女を起こさないように注意をしなければいけない。だから、電話をかける声、手紙を読む声の大きさ等々にはかなり事細かな指示をしたはずだ。一方、「伝染」の方はとなると。
公園のベンチに3人の女性が座っていて、アレコレ他愛もない話をしているシーンがあって。彼女たちの頭上にある木の枝の実が時々、彼女たちの前にある池にポチャンと落ちると、一旦話を止めるルールを作ったのだが、実が落ちる仕掛けが甘くて、毎回思わぬところで実が落ちたり落ちなかったりしていた。フツーなら演者はその違い・適当さに苛立つはずだが、3人は「ルール厳守」を指示したわたしに従って、いつ何時に実が落ちようと、淡々と台詞のやりとりをしていて、そんな彼女たちのふてぶてしさ、おおらかさにわたしは舌を巻いたのだった。
中川さんは亡くなっちゃったな。いまネットで調べたら、亡くなったのは2014年10月18日で、享年49歳とあった。彼女には「50歳になったら、マクベス夫人をやってもらいますから」なんて言ったけが。合掌。
「伝染」は87年に秘法で上演し、乾電池上演から7年後にさいたま芸術劇場の制作で上演している。出演者は女性のみ10人❣ あわせて30人。秘法版に出た中では、岩本夫人になっている松岡さん、乾電池版の中では、西村さん、麻生さん、さいたま版では、小崎さん、清水さんとは年賀状のやりとりはあるけど、もう10年近く会っていないし、武田さんだけだな、この後も何度か一緒に仕事をしてるのは。う~ん。みんな元気か~。  

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