カフカからの贈り物? 「月ノ光」(1995年) 活動の記憶㊱2021.07.20
土砂降りの雨に驚かされた日々が何日か続いたかと思ったら、この数日は燃えるような暑さである。こんなベラボーな日々の連続は記憶にない。地球はいったいどうなっているのか。これは、かの「南海トラフ」の前兆ではないだろうか。という前置きはそこそこに。
95年に発表した作品は、2月に「月ノ光」(作・演出)、7月に「坂の上の家」(演出のみ)、10月に「氷の涯」(作・演出)、11月に「ミラノの奇跡」(作のみ)、12月に「新ハロー、グッバイ」(作・演出)。1年に5本! とりわけ、10月から毎月1本というのは、現在のわたしには信じがたい暴挙のように思われる。以前にも書いたはずだが、「氷の涯」のホンが出来上がったのは本番の2,3日前で、「ミラノ~」も本番の一週間ほど前だったはず。一か月ほど前に会った柄本さん、あの時の苦闘(?)を笑いながら話したが、実際のところ、腸が煮えくり返っていたはず。だから、どうやら台詞が言えるようになった本番三日目の舞台が終わった時、「なんとか台詞は入りましたね」と言ったわたしに、「今日出来たからって、明日も出来るって保証はありませんよ」と答えたのだ。今になって分かるわたしの浅はかさ。フー⤵
「月ノ光」は、佐野さんがシェイクスピアシアターにいた時の同僚であった女性(名前失念)から、佐野さんと彼女が当時マネージャーをしていた(多分)平田満さんとで新作を、という話を頂いて、こんなのはどうかと簡単なプロットを提出。平田さんは、何度かつかこうへいの芝居で見ていて、わたしは好感を持っていた。一度、あれはなんだったのか、彼が秘法の芝居を見に来た時、終了後、アトリエに残った彼と一杯やりながら話をして、その時にさらに彼への好感の度が増したのだった。出身がわたしと同じ愛知だったことも親しみを覚えさせたのかも知れない。しかし、カフカの研究者・池内紀の「恋文物語」の中の一篇「プラハの殺人者ヨアヒム・バスリー」から想を得たプロットに、彼は「自分には合わない」とマネージャーを通して答え、わたしも彼には無理かも? と思い …。その時点でのプロットがいったいどういうものだったのか、もうまったく記憶にないが、佐野さんを核にした話を、ということになり、この時点で、佐野さんのSと銃一郎のJを組み合わせ、これは「JIS企画」の公演と言うことにしようと、制作を引き受けてくれることになった大矢さんにわたしが提案したのだった。
同じアパートの三つの部屋を舞台に物語は進行する。佐野さん演じるKの部屋、その隣の小日向さんと、広岡さん演じる妹が同居する部屋、そして、ふたりの部屋の上階の木場が演じる部屋。別々の三つの部屋は、しかし、見た目にはほとんど変わらないという、特異な設定である。出演者は上記の4人に、プラハに住む佐野さんのところへ、ウイーンからやって来る愛人役の中村久美さんと、彼女の夫役の谷川(昭一朗)くん。中村さんはNHKのテレビドラマ「夢千代日記」を見てわたしがファンだったひとだが、想定以上の演技力があって、なおかつ、普段の言動もすこぶる魅力的で一緒にいると実にどうも …。谷川くんは乾電池の若手俳優で、柄本さんの評価も高かった。最初は、TVドラマが入っていて稽古前半は休み勝ちになりそうだという佐野さんの代役にということだったが、それでは申し訳ないから彼にも多少の出番を用意せねば、くらいの考えだったが、佐野さんはほぼ毎日稽古に来て、なおかつ、ちょっとした役を演じる谷川くんの面白さが格別だったので、出番がどんどん多くなり …。ホンの書き上がりが遅かったので、こういうことも出来たわけです。今にして思う、あれもこれもカフカからの贈り物ではなかったか、と。(この項、次回に続く)