竹内銃一郎のキノG語録

記憶との格闘? 久しぶりに「我等の生涯の最良の年」を見る。2021.08.13

暑い暑いと思っていたら、今度は雨攻撃だ。九州・四国・北陸の各地はエライことになっているらしい。新コロの攻撃も緩むことなく続いていて、感染者数はうなぎ上り。京都の感染者数もここにきて毎日記録を塗り替えている。この厳しき日々は、これからも夏ごとに続くだろう。う~ん。
そんなこんなで、自らに課したノルマ、週に歩行距離50キロが難しく、このところ連日のように、家に引きこもり(?)TVで録画した映画を見ているのだが、連日のショック。一昨日見た「戦争を知らない子供たち」、昨日見た「我等の生涯の最良の年」、両作とも以前に見ていたのだが、なにひとつ記憶に残っていなかったのだ。
歳を重ねれば記憶力は低下する。これは誰にでもあるはずのことで、更に付け加えるならば、わたしは子供の頃からもの忘れの常習者だった。小学生の何年生時だったか。新学年の最初の一か月くらいはいつも、今も昔も人見知りが激しいこともあり、授業と授業の間の10分くらいをどう過ごしていいの毎年困っていたので、その時には休みの時間ごとに、歩いて5分とかからない家へ次の授業の教科書等を取りに帰っていたのだった。物忘れの激しさには、もうひとつ忘れられない記憶が(?!)。
大和屋さんが亡くなられて、氏の近所に住んでおられた方(お名前失念⤵)が、氏が雑誌等に書かれた文章をまとめて出版されてはと、氏の奥さんに言われ、それで奥さんがわたしに編集を引き受けてと。わたしの他に、このところ隔年で監督もされているシナリオライターの荒井晴彦氏、詩人で映画監督で大学教授だった福間健二氏とほぼ同年の3人で共同編集、そのために何度か会ってどうしようかと話し合ったのだがその度に、その仕事とは関係なく映画の話になった時、とにかく、荒井氏は昔の映画の細部までしっかり記憶にとどめているのに、彼を記憶力10とすると福間氏は6でわたしは1、見たことがある映画なのに、彼が語る細部(例えば脇役のことなど)をほとんど覚えていなかったのだ。という話はさておき。
前述の「戦争を~」は大和屋さんもシナリオに関わっていたので、わたしは確かに見たはずなのだ。公開は1973年で氏と頻繁にお会いしていた頃である。氏がこの作品を「詰まんないよ」と言われていた記憶もかすかに残っているが、わたしは結構面白い作品だと受け止めたはずだ。もちろん(?)、どこがどう面白かったのかは記憶にないのだが。このこともあって、かなりの期待感とともに見たのだが、これが! まあ、詰まらないことおびただしい。ネットに、完成後しばらくお蔵入りされてたとあったが、そりゃそうだろうというレベルの映画だった。わたしはどこのなにが面白いと思ったのだろう? いや、持てよ。この映画は詰まらないと思って、氏がシナリオを担当してこの4年後に公開された、「青年の樹」(原作・石原慎太郎 監督・西村潔)を見て、やっぱり大和屋さんのホンは面白いと思ったのかも?
「我等の生涯の~」はどれほど前に見たのか、それもハッキリした記憶はないが多分、今回と同じNHKBSで10数年前に放映されたのを見たのだろう。監督のW・ワイラーの作品は、「ローマの休日」「コレクター」等はまぎれもない傑作だと思っていたが、この作品を見てすっかりファンになり、「噂の二人」「大いなる西部」「月光の女」「黒蘭の女」等を逃さず見ることに。もちろん、どれも文句なしの傑作。にもかかわらず、「我等~」の記憶はまったくなかったのだ。これはショック! 
それはそれとして。この映画は上映時間が3時間に近い長編で、以前から、映画も芝居も2時間を超える作品は見ない、認めない近年のわたしにすれば論外の作品のはずだが、しかし、通常から見れば長すぎるシーン・カット、例えば、ラストの、あれこれあった男女がそのアレコレを超えての結婚式、ワンカットごとすべて、通常の(?)映画から見れば長すぎるのだが、この不必要な(?)長さに心惹かれてしまうのである。
ついでに。前述の「青年の樹」の主人公を演じたのは三浦友和だったが、これは! と思ったのは彼の友人を演じた矢吹二朗だ。ネットで検索したら、いまはもう俳優はやめてしまっているらしい。惜しいな。

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